奇遇で儚き楽園｜リアクション

奇遇で儚き楽園

　それからまもなく。
「ふわわぁああ……っ」
　七瀬は蕩けた声をあげる。サーベルタイガーの狩場から少し離れたところでふたりが出くわしたのはサーベルタイガーの子どもたちであった。ライオンやトラの赤ちゃんを想像してもらうと近いだろうか。成猫くらいの大きさで、牙はあるが大人のようには伸びていない。
　人間だったら警戒されたかもしれないが、いまのふたりは半分獣で、サーベルタイガーの仔たちは興味津々に足元に纏わりついてくる。
「な、撫でてもよかですかね……？」
　誰へともなく尋ねつつそっと首筋を撫でると、仔サーベルタイガーは気持ちよさそうに目を閉じる。
「うわぁ、産毛みたいに柔らかくて、たまらんとです。先生も撫でてみませんか」
　ウォルターに場所をゆずる。ウォルターは軽く二三回撫でて、
「こういう手触りなんだね」
　というと、すっと身を引いた。
「こういうの苦手ですか？」
　たしか蛇は苦手だったと思ったが、猫などほかの動物についてはどうなのか知らない。
「苦手な動物がおっても僕がなんとかするけん大丈夫です！」
　張り切る七瀬に、ウォルター先生はちょっと目を丸くして、それから笑った。
「ありがと。苦手ってわけじゃないよ。なんというか、小動物はかわいいとは思うんだけど、メロメロになったり昂ぶったりってあんまりないんだよねぇ。こういう生き物がいるんだ、と観察して、知識欲が満たせたら満足しちゃって。その意味では、どっちかというと七瀬を見ている方が面白い」
「それはどういう……」
「いい意味で、七瀬って読めないところがあるからねぇ。あまり感情を表に出すタイプじゃないのかと思えば、好奇心旺盛なところもあったりするでしょう。君を見ていると発見が多いんだよねぇ。そこが面白いなあって思うんだ」
　褒められているのだろうか。
　そんなに自分のことを見てくれていたのだろうか。
　ウォルターの中に、自分の存在がちゃんとあったことに気づき、一拍遅れて頬が熱くなる。
　そのときすうっと頭上から影が差した。
　荒い鼻息が間近に聞こえ、ウォルターと七瀬は嫌な予感を覚えつつゆっくりと振り返る。
「ティラノ、」
「サウルス」
　巨岩のような体躯。大きな口に並ぶ無数の牙。茂る木々の枝の間に鼻先を突っ込んで、湿った熱い息を吹きかけてくるのは、肉食の『暴君竜』ティラノサウルスだ。
「ティラノサウルスの手が短いのは、獲物を素速く引き裂くためだって聞いたことがあるよぉ」
「先生、そんなこと言ってる場合じゃないとです。この子たち抱いて、逃げるとですよっ！」
　開けた場所はだめだ。恐竜の足ならすぐに追いつかれて、切り裂かれた挙句に腹の中だ。七瀬は片手にサーベルタイガーの仔たちを抱き、もう片方の手でウォルターの腕をつかむと森の奥の方へと走り出した。木々の間を抜けるには巨体は邪魔で、なぎ倒したとしても確実に速度は落ちる。できるだけ枝が密集しているところを抜けるようにして逃げる。ティラノが自らの巨体を扱いあぐねている間に、どこかに隠れてしまわなければ。

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