【星幽塔】第五階層　"サクラ"のお茶会｜リアクション

【星幽塔】第五階層　"サクラ"のお茶会

　こんなところで出会えるとは思っていなかった。
　嬉しそうに微笑む御巫時子は、まだ落ち着き無く周囲を見渡す五十嵐尚輝の全てが新鮮に見える。
　寝子島とは違った場所にいることも、白衣でない格好も。ボサボサした頭はそのままだけれど、だからこそ尚輝らしいと思えてしまう。
「危ない場所ではないので、ゆっくりさせて頂きましょう」
　頼まれたのは、お茶会を楽しむこと。もしそのお茶会が、ロシアンルーレットのように何が飛び出すかわからない食べ物がならび、ぴょこぴょこ逃げ出すカトラリーを追いかけ、イタズラ好きなうさぎがやってくる――ということであれば、楽しむどころではなかっただろう。だが、見たところ今回は平穏なお茶会だ。
　強いて言うならば、縁結びの御利益にあやかろうと、一部では鬼気迫る表情をしている者もいるけれど。
　ちらりと尚輝の様子を窺う時子も、内心はドキドキしている。そんな素敵な効果がある場に彼から誘われて、ぼんやりとしているわけにはいかない。
「尚輝先生は、恋に効果があるって言われたら信じますか？」
　何を思って誘ってくれたのだろう。それとも、この謂れには気づいてない？
　緊張気味に問うた時子を見て、尚輝はぽりぽりと頬を掻く。
「うーん……正直に言うなら、非科学的ですよね」
　全てを計算で導き出し証明してみせる尚輝にとっては、そうかもしれない。
　それでも、信じたい時子にとっては驚きと悲しみが混ざって、上手く言葉が紡げなかった。
「そう、ですか……」
「だから、ありがとうございます」
　フェリントを眺める尚輝が、心なしか嬉しそうで困惑する。
　あまりこういった、おまじないの類いは好まないという話ではなかっただろうか。
「まだ、科学的に解明できるかを試していません。しかし、１人ではそういった縁の類いを検証はできませんでした……御巫さんに同席して頂けて、良かったです」
　つまり、お茶会への参加は実験の一環なのだろうか。
　すでに摂取量と経過時間が云々とぶつぶつ独り言を始めてしまって、ちょっと変わった楽しみ方になってしまうことは明白なのだけど。
（それも尚輝さんらしい、かもしれませんね）
　このまま恋心を解明されてしまったら、どうなってしまうのだろう。
　恥ずかしくて困ってしまうかもしれないけれど、彼になら解き明かされてみたいと思った。

（……もしかして、ぼくは選択を間違えたのかも）
　確かにお茶会ではあるのだけれど。右をみては仲睦まじい恋人たちが、左を見ては出逢いを求めた合コンもどきが繰り広げられていて、月原想花の気は休まらない。
　喫茶店では無いし、お茶会と呼ぶなら談笑することだって目的だろうとなんとなく思っても、だからってこんなにも特定のリア充に向けたイベントにしなくたっていいと思う。
「恋愛関係に御利益のあるお茶かぁ」
　一緒に飲めば縁結びになるとか、色々と浮かれた話が耳に入ってくるけれど、一緒に飲食をしている時点で仲が良くないだろうか。あんまり知らない人や、むしろ苦手な人と相席なんて想花としてはご遠慮願いたい。
（どうせなら……）
　思いかけて、かぶりを振る。
　特別会話が弾まなくたっていい。同じ物を食べていなくたっていい。ただそこにいて、何でも無い時間を共に過ごすだけでいいのに。今は彼女に――黒白滴には、そんなことすら望めないなんて。
（どうして、ぼくは……滴さんを守れなかったのかな）
　だんだんと気が塞いでくる想花に、フェリントの香りは甘すぎた。どうしてぼっちでこんな所に来てしまったのだろうかと後悔するほど、周囲を声音は耳に障る。
　もし、なんて言っても解決しないのはわかっているけれど。

　『もし』無力でなければ。
　『もし』あの時手を伸ばしていたら。
　『もし』あんなことがなければ。