花の季節で来訪者も多い時期。お茶会にもどんどんと人が集まり、調理場も大忙しだ。
　メニュー開発者であるリリエル・エーテライトは、安定して提供できるようになるまではと、再び応援に訪れていた。
　彼女が考案したのは、フェリント尽くしのパンケーキセット。実を使ったジャムは糖分を控えてさらりとした仕上がりにし、それが花の蜜と合わさることで程よい甘さとなるようにした。
「とろみの加減が難しいな……」
「丁度良くまで煮詰めないで、火加減に気をつけながら少し緩めを目指してみてください」
　先日いろんな割合を試したので、材料の調整はしなくていいはず。であれば、あとは手順だけだ。
「すまねぇ！　何度やっても生地を焦げ付かせちまう！」
「フライパンを途中で休ませてますか？　加熱しっぱなしだと、焦げやすく生焼けになりやすいですっ」
　あちらこちらで助けを求める声があるたびに、リリエルは的確にアドバイスを返す。それは普段から調理場に立たない人にもわかりやすく、次第と手際も良くなっていった。
（あとはお茶のほうですが……）
　今日はこの調理場に塔の外からの来訪者がいるようで、何やら飲み物について色々と案を出してくれているようだ。

　手伝いに名乗りを上げたのは稲積 柚春だ。
　迷い込んだ先で振る舞われた一杯のお茶。そのなんとも不安定な香りが気になって、困っているならと調理場へ顔を出した。
　蒸して炒って発酵して。同じ茶葉でも手順が変われば風味も変わるし、葉の大きさで抽出時間も変わる。
　さて何から始めようかと思案する柚春を止めに入るのは、同じように迷い込んでいたウォルター・B。
「あんまり難しいことは出来ないんじゃない？」
「うーん、そうだね。道具や時間を考えて、今ある茶葉を活かすってことなら……」
　とにかく乾かせば茶葉として使えそうだと、村人たちが工程をごちゃ混ぜにして作り出した物を、きちんと選別しなければ。抽出時間もそれぞれに定めれば、これだけでもストレートの合うさっぱりした物からミルクに合うコクある物まで数種類ができた。
「あとはもう少し、フェリントってわかりやすいアクセントがあってもいいかな」
　ドライフルーツを刻んで一緒に蒸らしたもの、ドライフラワーを混ぜで少し香りを移したもの。それから、ジャムを入れてみて。
　水を得た魚のように次々と試作を作り出すものだから、試飲に付き合うウォルターも苦笑いしてしまう。
「お手柔らかに頼むねぇ？」
　ちょいちょいと彼が指さした先には、たぷたぷになったお腹をさすりはじめている村人がいる。
　お茶の世界も奥深いが、どうやら隣ではさらなるドリンク作りをしていたようだ。
「……じゃあ、ちょっと休憩してお菓子でも作ろうか」
「やる気だねぇ」
「あとでワットとお花見に行きたいからね！」
　美味しいお菓子とお茶を囲んで、恋にまつわる話にほんの少し期待を込めて。
　想いをこめて、柚春は慣れぬ食材相手に奮闘するのだった。

　様々なフレーバーティが生み出される隣で、綾辻 綾花も新たなドリンクを生み出そうとしていた。
「ジュースも甘くて美味しいですが、大人には物足りなくありませんか？」
　自分で飲めるわけではないが、パーティといえばアルコールはつきもの。今から実を酒に漬けたりと果実酒を作り出すことは難しそうだけれど、お酒を嗜む早川 珪なら大人の視点から良い案が浮かびそうだ。
「例えば……ウィスキーなら、フェリントのジュースやお茶と割るのも良さそうだと思ったんですが……」
「悪くないね。アイリッシュ・アフタヌーンならこれから寒くなる時期に合うと思うよ」
　どうやらホットカクテルの一種で、想像したものがあったらしい。それならば、似たような物さえあれば難なく作り出せるはずだ。
　――しかし、綾花は未成年。当然ウィスキーなど飲んだことはなく、せいぜいお菓子に少量の香り付けとして入っているものを口にしたことがある程度だ。これでは、材料を探しようがない。
（似たような……お酒を全部味見してもらうわけにもいかないし）
　困ったように酒瓶と珪を見比べる綾花をよそに、珪は少しわくわくとした顔を見せている。もしかしたら、思っているよりもお酒が好きなのだろうか？
「紅茶と合わせるなら蒸留酒がいいかな。ラムとかブランデーも紅茶に垂らすこともあるくらいだし……でも」
　香りのマリアージュを楽しむか、それとも紅茶やジュースを引き立てるためにアルコールの香りは控えめの物がいいか。思案する顔は、まるでどこかの国の王子様のように格好良い。
（星幽塔で珪先生に会えて良かったです）
　文化祭か何かでも、こんな衣装を着て貰えるチャンスがあったかどうか。
　綾花は暫く、珪の一挙手一投足に見惚れてしまうのだった。



　村人たちの手際も安定してきたところで、リリエルは調理場からテーブル席へ。
　特製フェリント尽くしのパンケーキセットが、お客様にどういった反応をもらえているのかを実際にこの目で確かめなくては。
　今は花びらを散らして飾り付けることも出来るが、季節でないときは型紙の上から色をつけた粉砂糖をかけて花に見立てるのもいいだろうし、ドライフルーツやジャムなど長期保存の食材の使い方を変えてみるのもいいだろう。生地に練り込んでみたりしても、雰囲気を変えられそうだ。
（……そうです！　甘い物ばかりではなく、塩漬けにするのも悪くないかもしれません）
　確か寝子島に行ったときに、そんなピンク色の花を使った菓子があったはず。そういった違いを上手くだして季節限定とできれば、それを目当てに足を運んでくれるのではないだろうか。
　リリエルはさらなるメニュー開発に余念がないようで、うずうずとしている。
「食べてみたいと思ったメニューはありますか？　今回の感想もぜひよろしくおねがいしますね♪」