秋の雛｜リアクション

秋の雛

　ウィスキーで珍しくしたたかに酔って、ソファで眠ってしまったウォルターは夢をみた。夢の中ではなぜか、見覚えのある黒髪の少年が、自分に馬乗りになっていた。
「ちょーっと男同士の話しようか？」
　顔に張り付けられたニッコリとした表情とは裏腹の、ドスの効いた声。
　こんなことをされる謂れはない。ウォルターは少年を見据えて言った。
「僕はまったくしたくない。というか君、本当のところ誰。――稲積の『вор』なの？」
「そーいうの、どうでもよくない？」
　胸倉を掴まれ、上半身を半分起こされる。
「内腿ってなに」
　ナイフで刺すみたいに、少年は鋭く切り込んできた。
「知らないよぉ」
「柚春に『誘ってる』って言ったんだって？」
「だから知らないってば。言いがかりも大概に――」
　はぁ、とため息をついて少年は胸倉を掴んでいた手を放す。
　どさりと背中から床に落ちて、ウォルターは痛みでしばらく黙り込む。
　少年はウォルターの体を足で挟むようにして仁王立ちになり、横たわるウォルターを睨んだ。
「オレも思うよ。柚春はあんたを誘ってるって。でも無自覚なんだ。自分じゃ気づいてねぇんだよ、自分がどんな顔してるか」
「大人を舐めるなよ、そんなことはわかってる」
「だったら話は早いなァ。柚春にオレの言葉は届かない。センセーに夢中ってやつだ。だから、センセーなんだよ、肝心なのは」
　少年は悔しそうに唇を噛む。
「……どうするつもりなんだよ」
「逆に聞きたい。それを聞いてどうするの」
「どうするって柚春を守るに決まってんだろ。遊ぶな、って言ったよな」
　ウォルターはしばらく少年を睨み返していたが、ややあって少し寂しそうに顔を横へ向けた。
「遊びなら――あるいは、できたかもしれないなぁ」
「なんだよそれ」
「聞き返すほどのこと？　わかるでしょ。恋愛じゃなくて遊びなら、心がなくても、できる」
「――っ。テメェ……ッ」
「あの子みたいに燃え滾るマグマのような感情は僕の中にはないんだ。とても眩しくて不思議だよ。あんな風に誰かを想ってまっすぐに行動するなんて、僕の人生ではありえない。手に負えないって感じる。でも僕は教師だ。生徒を傷つけるのは本意じゃない。だから僕は、はぐらかすしかない」
「ズルい大人の言い訳にしか聞こえない」
「それで結構。……彼女はまだ未熟な『雛鳥』だ。遊びも本気も区別がつかないから危なっかしいんだよ。それは君もわかってるでしょ……」
　自嘲するようにウォルターは笑う。
「僕を好きになってはだめなんだ。そういうのに応えられる男じゃあない。遊んではあげられるけれど、それだけだ。たとえ教師と生徒でなくなったとしても――先なんてないよ。僕は彼女が思ってるようなハートは持ってないんだからさぁ」
「センセー……あんた」
「君がやりなよ。君のほうが姫のナイトに相応しいのは明らかじゃないか。君にはガッツがあるもの」
「それが出来りゃあ苦労しないっての」
　仁王立ちで上から睨みつけていた少年は忌々しそうに舌打ちする。
　だが、彼が放つ気配は、やわらいでいた。
　ウォルターの上から退いて、背中を支えて起きるのを手伝うくらいには。
「センセー。ひとつ、聞いていいか？」
「答えられることならね」
「柚春が指を切ったときのアレ、なんだったんだ」
　ああ、とウォルターは俯く。
「あれは……思い出しただけだよぉ」
「血で、か。友のことか」
「いやんなるくらいなんでも知ってるんだねぇ」
「柚春がなんでも話すからな。それに……そういう痛みは、オレも、わからなくもねーし」
　そうかぁ、とウォルターは哀し気に微笑む。
「君も苦労してるねぇ」
「あんたもな」
　すこしばかり同士のような気持ちになって、ウォルターと少年は同時に肩をすくめる。
　それがこの日の夢の終わりだった。

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