あなたの望む過去｜リアクション

あなたの望む過去

「え、ここってどこ？」
　添木牡丹は消え入りそうな声を出した。
　異様な一室に放り込まれた。剥き出しのコンクリートに捩れた釘が何本も打ち込まれていた。巨大な鋏が幾つも吊り下げられていて、どれもが等しく尖端の部分が赤黒い。
　牡丹は一歩、退いた。
「これっておかしいよ。中学の屋上から始まるんじゃないの？」
　助けを求めるような目が壁際の十字架に気付いた。成人男性くらいの大きさを有し、先の方には革の拘束具のような物が見て取れた。神の慈悲とは遠く離れた代物である。
「この部屋ってもしかして」
「拷問部屋とでも言いたいのかしら」
　真後ろの声に牡丹は短い悲鳴を上げた。
　振り向いた先には自分がいた。一瞬、見間違える程、よく似ている。唯一の違いは目の色で鮮血に浸したように赤かった。
「ようこそ、私の過去創造空間へ。『花村のばら』、とは言えないか。半同化みたいなものだから『添木のばら』がいいわね」
「な、なにを言ってるの、花村さん」
「その意味を知りたいからきたのよね」
「私が知りたいのは花村さんの転落事故の原因で」
　突然、相手が笑い出す。どす黒い狂気を垂れ流し、真紅の目を向けてきた。
「キャハハハ、転落事故とは傑作ね。貴方は私から全てを奪っていったわ。でも、私はとても優しいから。今度は私が進んで貴方にあげる」
「私になにをくれるの？」
「決まってるでしょ。真実よ」
　牡丹は口を閉じた。相手は焦らすような目をする。後ろ手に組んで気軽な散歩を楽しむかのように歩き始めた。
「私って好きな子には意地悪しちゃうの」
　その言葉に牡丹の表情が明るくなった。相手は横目で見て片方の口角を厭らしく上げた。
「でもね、貴方を苛めた理由はそれだけではないのよ。貴方はどこにいても人気者で、妬ましくて、本当に憎くて、全身を切り刻んであげたいくらいに愛しい」
「そ、そんな。冗談だよね？」
「私は本気よ。その愛の重さに耐え切れなくなった貴方は私を屋上から突き落としたのよ」
「ウソだよ！　そんなことしてない！」
　牡丹は涙目で訴える。そうね、と落ち着いた声が返ってきた。
「あれは心中でしょうね。だけど、結果的に貴方が私を突き落としたことに変わりはないわ」
「そんなの……ウソだよ」
　牡丹は両腕で頭を抱え込み、震えるように頭を揺らす。その姿は両耳を塞いでいるようにも見えた。
「はっきり言ってあげる。中学三年の時、貴方は校舎の屋上で私、添木牡丹を突き落とした。その時のショックで記憶を無くしたみたいだけど、貴方は私の双子で養子に出されていた、花村のばらなのよ」
　牡丹は否定をしなかった。抱えていた両腕が引き剥がされたかのように下がり、目を見開いて涙を流している。
「私が、花村のばら……」
「そう、そして私は今、貴方に憑依しているの。二人は一人だから『添木のばら』なのよ」
　相手は壁際の鋏の一つを手に取った。両手で刃を開いて、素早く閉める。反復しながら牡丹に近づいてゆく。
「あの時は拒絶されたけど、今度はいいよね。私の愛を受け入れてよ、のばら」
　牡丹は呆然としながらも顔を微かに振った。恐怖の為なのか、一歩も動けない。相手の鋏が目の前で大きく開かれ、牡丹の白い首筋の左右に刃が当てられた。
　牡丹の花が潔く落ちるのと同じように儚く命を落とすのか。
「私は絶対に受け入れない！」

「その強い心を忘れないでください」
「あれ、戻ってきたの？」
　牡丹は気の抜けたような声を出した。
「先程の過去に纏わる話は、今もお客様が抱える問題であります」
「……私は、そうですね。がんばってみます。添木牡丹として」
　微笑むタキシードの人物に一礼して、牡丹はドアに向かって大きな一歩を踏み出した。

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