光を正と言えなくても闇から目を背けない｜リアクション

光を正と言えなくても闇から目を背けない

　実家から半ば追い出されるようにして寝子島へやって来た月原想花にとって、ボロ呼ばわりされる猫鳴館住まいだとしても、弟がいないだけで快適だ。
　家でも、学校でも、少し近所をうろついても。どこに居ても『弟は可愛げがあるのに』とか『それに比べて』とか哀れんだ目を向けられる日々に比べたら、なんと幸せなことだろう。
（まあ、同じ手違いでキラキラした星ヶ丘の寮にならなくて良かった）
　あんな晴れやかな場所など、とんでもない。元来の性格か、長年周囲から言われ続けたせいか、想花は自身の身の丈を理解していたし、それ以上など望まなかった。少し卑屈になってやしないかと、止める者もいなかったし、そう考えるのが当たり前だったのだ。
　だからこそ、もし、なんておこがましいのだけど。空想の中の『もしも』くらいは許して欲しい。
　うとうととしながら、願った通りの夢が見られたらいいのにと今夜の設定を考える。
　例えば異世界で魔法使いになった物とか、あなたをプロデュースさせて欲しいと言われて陽キャに大変身するとか。
　そんなことを考えていると、想花の目の前には教室の扉があった。ちょっとドキドキしながら開けた向こう側――自分の席には、快活な美少女が座っている。
（うわぁ……よりにもよってな人に座られてる）
　髪はシャンプーのヘアモデルのようにサラサラで、制服の着崩し方も自身の体型を理解している物で見苦しくなく。机に乗せている鞄も女子高生に人気のプチプラブランドだし、周囲を囲むご友人の方々もファッション誌を手に笑っている。どう見ても、自分と違う次元の生物のようでげんなりした。
「来てたなら声をかけてよっ！」
「……えっ？」
　その見知らぬ美少女は、親しげに声をかけ手を握ってくる。
　よくよく見れば弟と似ていないことも――そう考えて、双子であれば素材だけは同じはずの自分の可能性を考える。
（ぼくも笑えば……こんなに可愛くなれるの？）
　陰湿な空気を纏って下を向かず、前髪や眼鏡で表情を隠そうとせず。諦めなければ、それは全て手に入ったのだろうか。
　――あたりまえじゃない。『ぼく』は“ぼく”だもの。
　そう囁かれて、ぐっと腕を引かれたとき。想花の視点は入れ替わっていた。陰キャな自分が目の前にいて、へラっと笑って霧のように消えてしまう。
「ねぇ想花！　そういや次の数学、宿題やった？」
「え、えと……」
　戸惑いながらノートを取り出せば、誰に見せても恥ずかしくない美麗なノートが出てきた。
　恥をかくことなくて済んだことにホッとする間もなく、続いて呼ばれるのは次に流行りそうなファッションアイテムについてだ。服など着れたら良いとばかりに、夏もシンプルなＴシャツとジーンズで過ごした己に秋冬の重ね着などわかるわけもなく、ただただ好みを口にする。それでも、想花を否定する者など誰もいなかった。
　何の話をしていても呼ばれ、頼りにされ。いつでも人の中心にいる――むず痒いけれど悪くは無いなと、ようやく不器用ながら本心から笑えるようになってきたとき、想花は違和感を覚えた。
（何がちがう？）
　そりゃあ自分の見た目が変わって、気も大きくなって。喋る人も系統も変わってしまっているけれど、そうじゃなくて。
　ふらりと猫のように行動することはあれど、こんなに見かけないことなんて。
（いないんだ）
　黒白滴――片思いの人が、ここにはいないんだ。８組の教室にも中庭にも、どこにも。探したけれど見つからない。
　この『もしも』が、彼女と引き換えに見せる夢だと言うなら。
（……帰ろう）
　らしくない自分であるより、苦手な物がある場所であっても。
　大好きな君がいる世界にこそ、意味があるから。