光を正と言えなくても闇から目を背けない｜リアクション

光を正と言えなくても闇から目を背けない

　広い湯船に漂っているような、温かくて穏やかな場所。
　ふわふわとした無重力に身を委ねていると、白真白の眼前にはいくつかのしゃぼん玉があらわれた。
　優しく息を吹きかけても、容易く揺らめいてぶつかり合う。ぱちんぱちんとはじけては、ある人物のことが鮮明に思い起こされた。
　今、とても気になっている子。それが恋愛的な意味でだと――きちんと認められる程に。
（……向こうにそういった気がないのも、わかってる）
　だから、この気持ちをどう扱えばいいのか迷っていた。正直なところ、自分で好みだと思ったいたタイプとは全然違うのも悩みを深くする要因の１つだ。
　甘えられるお姉さんタイプが好きだと思っていたのに、相手は年下で。意外と包容力があるわけでもなく、自分が甘やかす立場になってしまっている。
　そんな気分になるときもあるのかと思った。すぐにお姉さんごっこも飽きてしまうだろうと思っていたのに。
　気づけば相手から目が離せなくなっていて、気持ちを自覚するしか術が無かった。

　――本当に、それだけ？

　リィン……と静かに鈴が共鳴するような音を立てる。真白が音の鳴る方へと視線を向けると、まだ割れていないしゃぼん玉がそこにあった。
　手を差し出せば、吸い寄せられるようにしゃぼん玉は手のひらへやってくる。上下が逆さまに映り込んだ真白は、じっと真面目な顔をしてこちらを見ていた。
「相手に気がないのに、モーションかけるのはナシでしょ」
　年下――それも中学生だ。押し切ることはできるかもしれないが、下手をすれば心に傷をつけることになる。
　なにより、相手は親友なのだ、その信頼を裏切ることなどできない。

　――そうして我慢することで、誰が報われるの？

「少なくとも、相手が戸惑わない……だから、今までこの気持ちは表に出さないようにしてた」

　――この先、気持ちを抱えきれずに吐露してしまった時、長年欺いていたと思われたら？

　しゃぼん玉に映る真白は表情も変えず、淡々と問いかけた。互いに自分だから、きっと今まで隠してきた考えも向こうは理解できているだろうし、向こうが不安に思うことも『私』には理解できる。
「恋愛感情に……親友とは違う想いになってしまったら、裏切りだと思う？」
　答えなど決まっていた。それでも、誰かに背を押してほしかった。
　恋として成就しなくても、大切なことには変わりないと。そう伝えるのが例え難しく、自分でも割り切れるかなんて、わからないけれど。
　目を伏せたもう一人の真白は、小さく首を振る。

　――親友を大切に思うあまりに、私を消さないでね。

　その言葉を最後に、しゃぼん玉ははじけて消える。周囲にはもう、何も残っていなかった。
（ちょっとくらい……そういう気を見せちゃっても）
　いいことだとは、彼女は言わなかった。
　親愛が恋慕に変わったことを、悪だと責め立てもしなかった。
　ただ、裏切りでは無いとだけ言ってくれたから。真白は目を閉じて、ゆるゆるとこの場に漂ってみる。
　そうして次に目を開いたとき。迷いの無い微笑みを浮かべることが出来た。