光を正と言えなくても闇から目を背けない｜リアクション

光を正と言えなくても闇から目を背けない

　色とりどりの背表紙に、見慣れない文字が一面に並ぶ。一体どこの国の本だろうかと訝しむこと無く、倉前七瀬は大きな本棚から一冊の本を手に取った。
　パラパラとページを送っても、やはり読めない。なのに何故か、映像が頭に流れ込むようにして理解できた。
　本の登場人物は、本屋の紙袋を持ったウォルター・B。その向かいには、色素の薄い髪を持つ少年がいて親しげに話している様子が描かれている。
（この本は、先生について書かれとるんでしょうか……？）
　にこやかに誰かと話していること自体は、学生時代にもよく見た光景だけれど……名前の付かない奇妙な関係になってしまったからか、今は誰かと親密にしている様子は少しだけモヤっとしてしまう。
「その袋、旧市街にある少しマニアックな品揃えのお店ですよね」
「ああ、君も知ってる？　教え子が勤めてて便利なんだよねぇ」
　懐かしむような、楽しそうな顔をして話すウォルターに、彼と話していた色素の薄い髪の少年は不満げに声をあげる。その声を、七瀬は知っている気がした。
「本を探すなら僕に声をかけてくださいよ」
　袖を掴んで抗議する少年は、明るい浅緑色の瞳をウォルターに向ける前に、こちらを一瞬振り返る。七瀬が同じ顔だと思う前に、少年は七瀬を見て不敵に笑った――この人の隣は僕だけいればいいんだとでも言うように。
「優秀な元教え子は、ここにもいるでしょう？」
「ううん……優秀な子は、卒業してから図書室の本を返却に来ないと思うけどねぇ」
「うっかりはしてましたけど、ウォルターさんに会いに行く口実が出来て嬉しかったです」
（……ん？）
　にこにこと微笑む少年を、しょうがないなと甘やかす顔で見るウォルターは現実の彼だろうか。それとも深層心理では、あんな風に己を見て欲しいと願っているという現れだろうか。
　少なくとも、自分はここにいるし、あんな無遠慮な距離感でベタベタすることなどないのだけれど。
（あんなみっともなかこと……気づいてないだけで、しちょるんでしょうか）
　時折聞き返すように顔を近づけたり、オーバー気味のリアクションをとって、さりげないボディタッチ。これを常日頃からしているのだとしたら、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。彼に迷惑をかけることだけは、したくないのに。
「倉前もどこかに行く途中だったんだろう？　僕も早くこの本を読んでみたいから、今日のところは」
「さっき会えたばっかりなのに。もっと一緒にいたいですっ！」
　もう一人の七瀬は強引に、ウォルターの空いている手を己の両手で握りしめて引き留める。さすがのウォルターもこれには驚いたのか、少し怪訝な様子を見せた。
「とは言ってもねぇ……」
「それに、まーた『倉前』って。あれだけ名前で呼んで下さいってお願いしたのに」
　そういえば。
　さっきからチクチクと何かが引っかかっていた原因がようやくわかり、七瀬は開いていた本を少し強めに握りしめた。
（もう１人の僕、先生のこと「ウォルターさん」って呼んでましたか!?　その上、名前で呼んでもらおうだなんて……こすいです！）
　早く戻らなければ。
　同じ顔で好き勝手にされるのは困る。それが偽物ではなく、望んでいたことを素直にする自分だとすれば、それこそ嘘ではないけれど我慢しているなんて説明しようがない。
「先生っ！　……え、ウォルター先生？」
　必死に戻ることを考えていたけれど、不思議そうな顔をする彼に何を言うかは考えていなかった。
　迷惑をかけていなかったかと、聞ければ一番いいのだけれど。
「読書の秋もいいけど、程々にねぇ」
　先生と呼ばれて安心した顔を見せるから、七瀬は深く聞けないまま「また今度」と笑ってみせた。