光を正と言えなくても闇から目を背けない｜リアクション

光を正と言えなくても闇から目を背けない

　昼休みの図書室でカウンター業務の合間に。彼とお揃いの物が増えたなと、綾辻綾花は微笑んでいた。
（珪先生も、使ってくれてるといいな）
　その度に手渡した日を、一緒に歩いた月夜を……自分のことを思い出してくれたらいいな。

　――そうやって、いつまでも『特別な生徒』でいられたら満足？

　ドキリとして、綾花はカウンターの向こうを見る。早川珪が好きなことは、誰にも知られてはいけないと気をつけていたはずなのに。
　でも、彼女なら知っていて当然なのかも知れない。自分と同じ顔をした、もう一人の自分であるなら。
「先生の事が好きなら、好きって言えばいいのに」
　カウンターにもたれかかって、手鏡を覗き込むもう一人の綾花は、ある意味で素直なのだろう。自分視点での恋心に従って、相手の迷惑を考えていない。
　独りよがりの恋ならば、そんな風に気持ちを告げても良いだろう。だけどその先を願うなら、巻き起こる事態を想定しなければならない。
「珪先生は……教師としての信頼と責任を背負っているんです。私のせいで珪先生が教師を辞めるなんてこと、あってはいけません！」
　相手を想うからこそ、この気持ちを口にしてはならないと思う。教師と生徒じゃなくなるまで、あらぬ疑いがかけられてしまわないように、最善を考えなければならない。
　そう強い意志で言い返したとき、トントンと軽く肩を叩かれる。
「綾辻さん、図書室は静かに」
「あ、えっと……すみません」
　ちらりとカウンター側を見ても、誰もいない。うたた寝をして、大きな寝言でも言ってしまったのだろうか。
「何か僕が不安にさせるようなことをさせちゃってたのかな？」
　そっと背後から抱きしめる珪に、綾花は何事かと驚いた。
　頭を撫でるとか、こちらから申し出て手を繋ぐことはあれど、緊急事態でもないのに抱きしめられることなんてあっただろうか。
「好きな子くらい、ちゃんと守れるよ」
　耳元で囁く声音は、間違えようも無く珪であるのに。
　身をよじって振り返った先にある顔も、近すぎて恥ずかしくなるほど珪なのに。
（なんだろう……何かが、違う）
　大丈夫だよと微笑む顔が、安心しないのは何故だろう。
　それよりも、ここは学校の図書室なわけで、こんなところを他の人に見られるわけにはいかない。綾花は気合いを入れて、珪の腕を解こうと試みた。
「どうして逃げようとするの？」
「逃げるだなんて、私は……」
　無理に押さえつけられているわけでもないのに、振りほどけない。不審に思って周囲を見渡せば、もう１人の珪と――先ほど話した、もう１人の綾花がいる。
　とても楽しそうに話している、ということは綾花の様子がいつもと違うと思っても無いのだろう。
（私は、ここにいるのに）
　胸を痛める綾花を抱きしめる珪は、変わらず甘く囁くけれど。やっぱり、胸はときめかなかった。
「珪先生！　さっきと少し違うの、わかりますか？」
「うーん……女の子がそういう話をするときは……髪型かな？」
「おしいです。もっとよく見て下さい」
　つい、と顔を寄せて。何かを思い出す距離感に両者が緊張した面持ちで見つめ合う。さすがにと距離を取ろうとした珪へ、もう１人の綾花は懇願するように叫んだ。
「……珪先生、私っ！」
「ダメー！」
　その先の言葉は、大切にとってある。
　卒業したら、伝えていい日になったら自分の口で言いたい言葉を温めているのだ。

　必死に手を伸ばした先には珪が倒れていて、綾花は状況を飲み込めなかったけれど――どうやらヘアピンを見せようとして転けてしまった、ということに珪の中ではなっているようで。
　ホッとしていいのかドキドキしたらいいのかわからないけれど、この珪の隣は心地よいドキドキだった。

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