光を正と言えなくても闇から目を背けない｜リアクション

光を正と言えなくても闇から目を背けない

　制服は自由にアレンジができる。でもそれは寝子島高等学校の生徒として節度を守るならばの話だ。
　ひとたび世間で流行すれば、スカートの丈が長くも短くも簡単になるけれど、一応の目安というものは校則で定められているので著しい違反は教師として忠告をしなければならない。
　面倒くさいことは担当の先生にお任せしたいけれど、ウォルター・Bは風紀委員の担当だ、寧ろ自分が率先せねばならない。
「はいストップ。直せるならスカートを今すぐ……」
　振り返った顔は、良く知る顔だった。あまり校則違反など注意したことのない稲積柚春のはずだけれど、彼女は悪びれた様子もなく不敵な笑みを浮かべていた。
「扇情的に見えすぎて困るなら、直しますよ」
「はいはい、それでいいから直そうねぇ」
　いつもと様相が違うことも気になるけれど、まずはその短すぎるスカート丈をどうにかしてほしい。だからウォルターにとっては、理由など些末なことで軽くあしらった。
「それでいい、じゃわかりません。どう思われたんですか？」
「自分で言ったんじゃない。そういうわざとらしいのは感心しないなぁ」
　柚春は時折、危なっかしい。世の男が全て自制できる生き物とでも思っているか、相手の忍耐を試しているのかと思うくらいには、相手を『誘う』言動を取る。けれど無意識に語弊を招く物言いをしがちなだけで、そこに純粋な思い以上の物は無かった――はずなのだ、今までは。
「嫌いになった？」
「そこまでは言ってないけど」
「じゃあ『遊んで』くれる？」
　妖艶に笑ってみせる柚春を、ウォルターは知らない。いつも懸命に気持ちをぶつけてくる彼女とはまるで違う笑みを浮かべるので、頭からつま先まで確認してみるが、その姿は見紛うことなく柚春だ。
「重いのなんて煩わしいでしょ、遊ぶくらいで丁度いいよ」
　話すだけには近すぎる距離まで詰めて、柚春はウォルターの首に腕を絡めるように伸ばす。それをウォルターは冷めた目で見下ろすだけだった。
「どうせ終わりがくるなら、始まらなくていい。安心してよ、期待なんて初めからしていない」
　胸を寄せるように縋り付き、顔を寄せる。そんな柚春を引き剥がすことは簡単だが、下手に触れた所を誰かに目撃されたら言い逃れが出来ないので、それは最後の手段にしたい所なのだけど。
「遊び方も知らない子供に迫られるほど、相手には困ってないよ」
「……そう。どんな遊び相手がいいのかは知らないけど、僕は手練れの熟女にも、魅惑な女豹のお姉さんにも、あなたと同じ身体をもつ男の人にもなれない代わりに……女子高生ってブランドは持ってるよ？」
　実にくだらない。そう眉を顰めるウォルターを、ただただ柚春は笑って見上げていた。
「それも、間に合ってるねぇ。君ならよく知ってると思うけど？」

　――稲積。

　そう、誰かに呼ばれた気がした。
　だけど振り返った先には誰もいなくて、柚春は首を傾げるしか無い。
　今日はたくさんの友達が寝子島に訪れてくれたので、ちょっとした観光案内中なのだ。厄介なナニカにはご遠慮頂きたいと強く願う。
（そんな不思議な体験を……誰としたんだっけ）
　いつもは飄々とした軽口をたたき、時に間延びした口調は真面目になる。本心を見せてくれないずるい大人であり、大切な人を追いかけていたはずなのに。
　友達に会えたら、真っ先に紹介というか相談したい人がいたはずなのに。
「……ねぇ。私、ウォルターさんの話、したっけ？」
　興味もないと言いたげに『友達』は笑っていた。
　きっともう忘れられただろうと、思っていたのに。訪ねてきてくれるはずがないと、わかっていたのに。
　夢だと気付いた柚春は、懸命に笑う。お別れは、慣れてるから。

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