光を正と言えなくても闇から目を背けない｜リアクション

光を正と言えなくても闇から目を背けない

　一瞬の判断が試合を左右する。なのに最近の羽生碧南は、小さなミスを繰り返していた。
　最初は気軽に励ましの声をかけてくれていた後輩たちも、何事かあったのかと不安げな顔を見せるようになってきたので、いつまでもぼんやりしていられない。
（わかってる……けど）
　練習後のシャワールームで、少し熱めの湯に打たれながら、原因を模索する。いや、原因はわかっている。それに対処が出来ていないだけだ。

　あれは夏休みに入って日も浅い頃のことだから、ゆうに丸１ヶ月は過ぎた。もう２ヶ月も経とうかというくらい時間はあって、気持ちの整理をするという意味合いでは、十分だったはずだ。
　あの偶発的なキスが、関係を変えてしまった。
　明確には、その前から特別に慕ってくれていたのかはわからない。けれど浅見柚乃の態度が変わり――彼女の『想い』に気づいたのは、あの日からだ。
　そして同じ日、碧南が改めて思い馳せた相手は鷹取洋二。誠実な思いが綴られた手紙を受け取っても終わりにすることが出来なかった恋を、これからどうするのかと考えた。
　単純に考えれば、双方に思いが向き合うことのない片想いの連鎖。洋二が碧南の想いに応えるか、或いは碧南が洋二を諦め柚乃に振り向くかすれば、幸せになれるのだけど。
（あるいは……）
　３人で幸せになるという選択だ。
　洋二への想いに区切りをつけることもなく、柚乃から思われている優越感も失わず、美味しいお付き合いだけ楽しんで、飽きたら捨ててしまえばいい。
（そんなクズキャラムーブ、残酷すぎる）

　――それは、誰に対して？

　キィンと耳鳴りが聞こえて、碧南は後ろを振り返る。
　シャワールームの前には人影も無く、誰かに声をかけられた様子も無い。
　耳鳴りは酷くなって、視界が暗くなる。ふと気づいた時には、自室でスケジュール帳を開いていた。
「あ、あれ？」
　のぼせて目眩を起こしかけてたのではなかっただろうか。予定を考えている間にうたた寝したというには、動悸が激しい。
「１人を選ぶから、残酷なのよ。２人を選べば誰も傷つかないでしょ？」
　同じ顔をした少女が、隣で爪の手入れをしながら笑っていた。
　付き合ってみて、相性の良い人を最終的に選んでしまうことは悪いことじゃないと。見えないところがあるから、わからないところがあるから交際をして確認するのは必要なことだと。
「最初から『選ぼう』とするほうが傲慢で不誠実だよ。自分も含めたみんなの気持ちを尊重しなきゃ」
「そう、かな……？」
「だから、代わってあげる」
　洋二への想いを片想い以上にしたいのか、付き合って様子を見ればいい。誠実に気持ちと向き合うために。
　柚乃からの想いを受け止められるか、付き合って試してみたらいい。ちゃんと答えを出すために。
　無理な選択などしなければいい。残酷なことなど、どこにもないのだと碧南の顔をしたナニカは微笑む。
「そう、なのかも」
　暗示にかかるように頷けば、スケジュール帳にはデートの予定が記されていく。
　今日はこの後、柚乃とデート。明日の放課後は洋二の絵のモデルになるためお部屋デート。お互いの予定を考慮して、偏らないようにするのは大変だけれど、悩んでいたのが馬鹿らしいくらいに幸せな気がした。
（だけど……『お試し』は、夢だからできるんだよね）
　まどろみかけた瞳は輝きを取り戻す。
　夢は夢として触れてみようと、碧南は惑わされずにこの世界を見てみることにした。
（柚乃とデートかぁ、どんな感じなのかな）

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