やまぬ雨音 - falling of the rain｜リアクション

やまぬ雨音 - falling of the rain

　目が覚めたのは、すでに夕方といっていい時間帯だった。
　雨は上がっていた。快晴とまではいかずとも、淡いブルーの空だった。おそらく今年最後の蝉が、過ぎ去った夏を惜しむ声が聞こえる。
　浮遊感のある足取りでさゆるは浴室に入った。蛇口をひねり、まだ湯にならぬ冷たいシャワーを全身に浴びる。
　藍人はもういない――その事実を噛みしめる。
　冷たく水をはじいているのは、さゆるの胸元にさがる銀のロザリオだった。
　元は藍人の部屋鍵の飾りだ。現在では唯一、さゆるに遺る藍人の形見となった。
　断りの声もなく浴室の戸が開き、じゅんが入りこんでくる。
「かけてよ」
　彼女にしては甘えた声をだし、さゆるに水をかけてもらう。まだ冷たいシャワーを受けながら、じゅんは小首をかしげた。
「さゆる、気になってたんだけど、このロザリオは……」
「藍人の……最初で最後のプレゼントよ」
　さゆるは十字架を手のひらに置いた。飾り気はないがそれゆえに、表面の光沢がまぶしい。
「……そう。嫉妬しちゃうな」
「じゅん」
「あたしだって、そういう気持ちになることもあるわ」
　ロザリオの上、すなわちさゆるの手の上にじゅんは手を重ねる。
　シャワーの水とはちがう、温かい液体がじゅんの手の甲に落ちた。
　どうして――とっさにさゆるの頭に浮かんだ言葉だ。
　我知らぬ間に涙を零していたらしい。
　じゅんがシャワーをとめた。
　腕を伸ばしてさゆるの頭を抱き寄せ、唇であらたなしずくを受ける。さらには、さゆるの頬にのこる涙の跡をペロッと舌で舐め取った。
「好きよ……さゆる。あんたはあたしのこと、どう思ってるから知らないけど」
　じゅんは蛇口をひねった。
　ふたたびシャワーが、降りそそぐ。

　――『やまぬ雨音 - falling of the rain』　了

　

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