激しい雨だった。叩きつけるというよりは刺すような。砕くというよりは穿(うが)つような。
加えて風だ。まるで大地の上のあらゆるものを、引き剥がし奪おうとするかのような風だった。
九月に入って間もなく、寝子島は記録的豪雨に見舞われた。
注意報はたちまち警報へと羽化し、ネットの天気情報には短冊のような赤いタグがいくつも並んだ。
遅れてきた夏の嵐、そう表現する声もないではなかったが、カレンダーがめくれようともなお殺人的な暑さがつづいていたのだから、むしろこの天候は夏を、洗い流そうとする濁流と感じる者が多数のようだ。
尖った雨粒が窓を打擲(う)つ。黒い風がマンションを揺する。
ひときわ強い風雨が、数千の玉石が転がるようなざあっという音を立てた。
――。
反応はまず、目の端にあらわれた。ぴくりと瞼を震わせて、
朝鳥 さゆるは目を覚ます。
いつの間にか眠っていたらしい。二匹の獰猛な獣が、相食むような情事の涯(はて)に。
時計を見れば夜の底といっていい時刻だ。間接照明の鈍い灯が、白い肌を蝋のごとく照らし出している。
髪をかきあげて、さゆるは彼女の寝顔を眺めた。
眠っているのは
姫木 じゅん、職場では
まみ子の源氏名をつかっているキャバ嬢だ。薄い毛布こそ腹のところにかかっているが、後は一糸まとわぬ姿だった。生まれたままの姿というのは、さゆるとて同様なのだが。
猫のように音を立てずさゆるは身を起こし、黙ってじゅんの寝顔を眺めた。
じゅんの見た目はせいぜいが中学生で、多くの人にとって高校生以上とみなすにはためらいを覚えるだろう。されど実際のじゅんは二十代後半であり、大酒を呑むしキャバクラの客には隠しているが煙草もかなり吸う。いわく『若作り』はJCだJKだという言葉を用いて少女の幼さ、もっといえば無垢さだの未熟さだのを過度に理想化し崇拝するたぐいの男たちの嗜好にあわせた彼女なりの生存戦略で、まみ子というペルソナはじゅんにとって、演じやすい仮面でしかない。
ふとしたきっかけでじゅんと知り合い一夜をともにしたのち、さゆるはじゅんの部屋に身を寄せるようになった。
本当は皮肉屋で沈鬱で、ともすれば他人と距離を取りがちなじゅんなのだが、さゆるといるときだけは正直な一面も見せる。さゆるに対しては、アニメやコミックの引用らしき甘いセリフをささやくこともあるし、不定期という但し書きはあるが、この幼い体つきのどこに――と思うほど強烈にさゆるの体を求めてやまぬこともあった。
さゆるはこのところ不調だ。片篠 藍人との別離を経験してからずっと不調ともいえるが、悪夢的存在の女に見込まれてからは特に、精神の海に黒いインクを大量に垂らされたような状態におちいっていた。
距離的にも女から逃れるべく、さゆるが黙ってじゅんの元を離れ、国外に身を隠したのは今年の五月だ。
結局、女に見つかって囚われの身となるも、解かれてじゅんの元へ戻ったのが七夕の日である。
不意に姿を消したさゆるを、じゅんがとがめることはなかった。帰ってくるのはわかってたと告げて、行方不明だった期間については一切不問に付した。そうして、昼間はさゆるが学校に行き、夜はじゅんが出勤するという生活に戻ったのである。数日前、じゅんが職場の社員旅行で沖縄に短い滞在をしたことが唯一のイレギュラーらしいイレギュラーだったろうか。
さゆるはじゅんの寝顔から視線を上げ、部屋の隅の暗がりに目を向けた。
そこに何があるわけでもない。しいて言えば、知らないアニメキャラクターのフィギュアが飾られているが、もちろん注意がいくわけではない。
見るためではなく、聞くために意識を向けたというのが近いところだろうか。
やまぬ雨音をさゆるは聞く。
渦巻く風の音をさゆるは聞く。
さゆるの脳裏によみがえるのは、雨と夜にまつわる忌まわしい記憶だ。粒子の粗いフィルムで撮ったような映像ながら、いまなおフルカラーで上映される気の滅入るようなリバイバルショーである。
映像が途切れた。
「……雨って嫌い」
眠っていたはずのじゅんが、気だるげにつぶやいたのだった。
「どうして?」
と、普段なら到底出てこない言葉が、さゆるの口をついたのはなぜなのか。
この問いかけがきっかけとなった。
じゅんの過去。
さゆるの過去。
ふたつの細い鋼線が、ほころびながらも交差する。
リクエストありがとうございました! 桂木京介です。
本作は拙作『雨の中のワルツ - a waltz in the rain』の後日譚です。朝鳥 さゆる様へのプライベートシナリオとしてお届けします。
シナリオ概要
九月に入ったばかりのある夜、寝子島を激しい風雨が襲いました。
この夜は姫木じゅん(まみ子)の勤務先『プロムナード』も臨時休業となったようです。
さゆる様の過去、姫木じゅんの過去、そのふたつが明かされる物語となるのでしょうか。
舞台は深夜、じゅんの住むマンションの一室からはじまりますが、翌朝へつながっても、他の場所へ移っても構いません。他のキャラクターの登場は予定していませんが、さゆる様次第で変更は可能です。どうぞ発想を羽ばたかせて下さい。
さゆる様がじゅんにどのようなことを訊くか、じゅんに過去のどのような内容を明かしてほしいのか、どうぞアクションに記していただけると幸いです。。
また、参考シナリオとそのページなどもご提示いただけると助かります。
できるだけ自由に、気のおもむくままアクションをかけていただければと思います。
それでは、次はリアクションで会いましょう!
桂木京介でした。