苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―｜リアクション

苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―

　家庭科準備室の掃除の続きをやるように用命を受けた野々ととおは、箒を持ってふんぞり返っていた。
　積極的に苦手な物へ挑戦しようとしている姿は好ましい。どうにか、この満ちあふれたやる気を削がないためにも、鴻上彰尋はまずは楽しく手順を覚えて貰えたらと考え、褒めて伸ばした結果だ。
「理事長は、道具の使い方もすぐに覚えて下さって助かります」
「いやあ、掃除って思っていたより体を動かすね！　手順もわかればゲームみたいだ」
　ただ黙々と床と見つめ合って何が楽しいんだろうとか、ちょこちょこ移動はしても思いっきり体を動かせないことに退屈しそうだと思っていたととおは、掃除をつまらないことだと思い込んでいた。
　出来なくても困らないと、そう考えたら余計に興味がわかず家事の全てが苦手になっていて。
　けれど頼まれたら断れないし、責任感からやり遂げなければと言う気持ちもある、が。苦手な物は苦手なのだ、気合いだけで出来るようにはならない。
　そんな、どうにもならない状況を助けてくれたのが彰尋だった。
　――野々さんを招待するなら、どんな家がいいですか？
　元気なあの子に似合う明るい部屋でと言えば、窓掃除や電球を拭くことを教えてくれる。
　棚には気に入りそうな物をあれもこれも飾ってあげたいといえば、素敵な物も埃まみれに置いたら台無しなのでと、上から順に物を片付け棚の掃除の仕方を教えてくれる。
　彰尋は掃除の仕方だけでなく、興味の持ち方を教えてくれたのだ。
「俺も……喜んでくれる人がいる、って考えると嬉しくなって覚えたので」
　あれはまだ、祖父の家で暮らしていた時のこと。
　お手伝いさんが料理をしている姿に興味を持って、手伝いたいと申し出たことがある。きっと、不格好な切り方になってしまった具材や混ぜ方の足りない物もあって、フォローさせてしまった点も多くあっただろう。
　けれど、お手伝いさんは「ありがとう」と微笑んでくれたし、手伝ったことを知った祖父も喜んでくれた。それが、家事を覚える切っ掛けとなった。
「勉強もですけど、ただ漠然と机に向かって、頭ごなしに叱られながらするのって楽しくないと思うんです」
「わーかーるぅ！　わかるよっ、楽しくないことはしたくないよね！」
「あの人が喜んでくれるかもとか、もっと出来ると驚くかなとか……そうやって覚えるのが、一番だと思います」
　あの時の祖父たちの笑顔を思い浮かべ、釣られるように彰尋が微笑む。すると、誰かが準備室のドアを叩いた。
「お邪魔しまーす。あ、彰尋くん！　ここでリボンの入ってる箱って見かけた？」
「あおいさんは調理班だよね、何かに使うの？」
　箱の中身までは改めてないけれど、めぼしい物はあっただろうか。
　彰尋はととおにも確認をとりつつ、箱に書かれた名前を頼りに探していく。
「私はおかず班なんだけど、お手伝いでおにぎり班の綾花ちゃんとラップで包んだおにぎりを作ってね、リボンが巻ければ可愛いなって」
「なるほど……じゃあ、見つけたら持って行くよ」
「ありがとう！　じゃあこれは差し入れっ！」
　ちょっと力をいれすぎてしまって、ミチミチになってしまった一口サイズのおにぎりは、ラップで包まれているから掃除中の手でもそのまま頂けそうだ。
「ありがとう、あおいさん。リラックスしてやれば大丈夫だからね」
　お握りを握る仕草をして見せれば、あおいはアドバイスに気付く。
「……優しく、だね！」
　調理室に戻るあおいを見送って、せっかくだからとおにぎりを口に放り込む。
「ちょっとしょっぱい……かな？」
「でも、動いた後には丁度いいと思いませんか？」
　それは彼女が作った特別なおにぎりだから、かもしれない。