苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―｜リアクション

苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―

　芸術とは、身近なところにあるものだと旅鴉月詠は考える。
　特に、誰しも生きる上で触れあう芸術といえば調理だろう。皿や盛り付けもそうだが、そのビジョンが見えていなければ工程でいかに時間をかけても、仕上がりが苦労に比例して報われない点も似ている。
　裁縫だってそうだ、美しい刺繍を芸術品として思い浮かべやすいが、主張せずもしっかりと布を縫い合わせる糸にすら、匠の技は宿るものだ。掃除もしかり。
「家事は芸術。まあ、そこまで極めろとは言わないが……」
　取り過ぎてしまった調味料のお裾分けにとやってきたウォルター・Bを見て、楽しんでやった結果がコレなのだろうと、月詠は言葉の続きを飲み込んだ。
　彼に必要なのは楽しむことよりも、レシピ通りに計量することだ。
「従者が側にいる者として、彼らを信頼し任せることも大事だと思うが、任せきってしまい従者を指導できないのは、主人として如何なものかと私は考えるのだが」
　身の回りの範囲とは言え、家事をするとなれば従者の仕事を取っている自覚はある。その妥協点を見つけられたことは、月詠にとっては幸いだった。だが、こればかりは断固として譲らないという従者もいるだろう。
「指導かぁ、子供の頃から世話になっている人だからねぇ」
「家々で関係性は異なるだろう、無理は言わんよ。しかし、子供に指導できないのは大人として如何なものか、と思わないかね」
　その言葉を聞いて、じっとこちらを見つめる人影があった。調理器具を抱えた五十嵐尚輝だ。
「大人として、ダメですか……」
　何か心当たりがあるのか、ブツブツと考え込んでしまったが、月詠は人の考えを否定する趣味は無い。
「如何なものか、己に問うて欲しいと言っただけだ。思わないならそれでいいし、危機感があれば練習すればいいだろう。そういう場だ」
「大人だから、子供に教わるってこともあるけどねぇ」
　ついでにとばかり、調味料を尚輝にも押しつけてウォルターは自分のグループに戻っていく。
　確かに忘れてしまった思考などを教えられることはあるだろうが――。
「……家事は違うと思うのだがな？」
　これははぐらかされてしまったのだろうか。まあ深掘りすることでもないだろう、今の月詠にとって大事なことは、少しでも保険をかけて昼食での惨事を減らすことだ。
「料理は理科に通ずるものがあるから、五十嵐先生はできると思ったが」
　裁縫や掃除で呼ばれたならともかく、と添えれば、尚輝はやっぱりブツブツと考え込んで、コソコソと周囲の様子を窺うようにして月詠に切り出した。
「ここだけの話なんですけど……しないだけで、できるんです」
「ほう」
　他の先生が出来ないとして集められた仲間だと思っているのに、それが知られれば角が立つ。
　声を潜める理由が分からなくも無いが、月詠は違和感を覚えた。
「時に五十嵐先生は、レシピのひとつまみがどれくらいかご存じだろうか」
「え、そりゃあ……ひとつまみですから、こう」
　尚輝は迷いなく三本指で空を摘まんでみせるので、本当に料理は出来るのかもしれない。
　知識があっても、実技が出来るとは限らないが。
「まあでも、野菜は食べたくないですし、食べる時間も勿体ないですから、知っていても役にたたな」
「料理は科学です、素材の旨味を活かすも殺すも……ひいては我々の昼食は五十嵐先生にかかっています！」
　出来ないのならせめて、楽しく学べる機会を失わないで欲しいと願いを込めて。
「言われてみれば……舌触りのいい保水率や味の染みこみやすい浸透圧の計算をしてみます！」
　やる気になってくれたなら何よりなのだけれど。
　簡単に乗せられすぎではないかと、別方面で心配になる月詠だった。

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