苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―｜リアクション

苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―

　口先を尖らせながら、五十嵐尚輝は野菜を洗っている。
　食べる時間でさえ惜しいと思うのに、調理までしなければならないなんて。それも苦手な野菜を、たくさん使った料理を作るはめになるなんて。
　それでも、御巫時子がたびたび差し入れてくれるお弁当の味と、共に過ごす穏やかな時間を知ってからは、少し考え方も変わってきている所があるのだろう。野菜を調理スペースに運んだときこそ渋々という顔をしていたが、今はどことなく楽しそうにも見える。
「御巫さん、葉野菜の洗い方はこれで……おや、もうお鍋を？」
「はい。野菜も小さく切りますし、時間に余裕がありそうなので昆布を水につけておこうと」
「……野菜は入れず、湯豆腐にしませんか？」
　尚輝のリクエストならば応えたいところだけれど。彼のエプロンがびしょびしょになってしまっているのを見て、時子は優しく笑う。
「尚輝先生が一生懸命洗ってくださったお野菜、私は使ってあげたいです」
「御巫さんが美味しく仕上げて下さるなら」
「エグ味が出にくい切り方のコツもあるんですよ」
　そうして残りの野菜を洗い、皮を剥いて。下処理を終えれば、今度は苦手な人でも食べられる大きさに切りそろえていくだけだ。
　繊維に沿って切れば食感は残りやすいがエグ味は減り、固い野菜や食感が苦手な物は逆に繊維を断ってしまえばいいと、まずは時子が手本を見せる。
「ああ、そのあたりは解剖の時と近いですね。細胞膜に傷をいれると……そうか、野菜も」
　なるほどと包丁を手に取った尚輝は、意外なほど様になっていた。柄の握り方も良いし、真剣にまな板へ視線を落とす様子は料理が不慣れと思えないほど。ただ――
「尚輝先生、にんじんは横向きに切れないと思います……」
　繊維に沿ってはいるのだが、魚を捌くようにまな板と平行に包丁を寝かせるものだから、時子はやんわりと止めに入った。
「にんじんは転がらないように、こう……」
　尚輝の左側から、指は少し丸めるようにして、と彼の指先を上から握り混むようにして誘導する。
「そうです。この時、体は少し斜めにすると……尚輝先生？」
　隣から息を飲むような気配がし、分かりづらい点があっただろうかと時子は見上げる。尚輝が恥ずかしげにおろおろしているので、時子はハッとしたように手を離した。
「す、すみません……！　いつまでも、こんな」
「いえ、そうではなくて……その」
　時子は善意でわかりやすく教えてくれただけだし、彼女の人柄も理解している。決して、そのようなことはないのだけれど、尚輝も男である。
　こうして寄り添えば触れてしまうほど、豊満な胸。それがどういった意味であれ、大切だと思っている人の柔らかさであれば、意識を取られるなというほうが難しい。
「は、刃物を使いますので、危ないですよ」
「はい。尚輝先生も、手元に気をつけて下さいね」
　ゆっくり、ゆっくり。震えずしっかりと包丁を扱う尚輝は飲み込みが良いのだろうか。
「尚輝先生が栄養を考えて料理できるようになったら……健康面での心配が減りますね」
「できなくはない、つもりなんですが」
　いかんせん優先度が低く、おざなりになりがちではあるのだけれど。あんなに恥ずかしい部屋の惨状を見られてもなお、生活能力は皆無ではないと――そう言えれば良いのだけれど。
「ふふっ、散らかったらまた片付けに行きますし、おかずも持って行きますよ？」
　彼女に甘えてみるのも、悪くは無い気がしてきている。

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