苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―｜リアクション

苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―

　家庭科の補習を開始する前、確かに白沢絢子は言ったのだ。
　――みんなの昼食になるから頑張ってね
　自分の分、まして同じグループになった人が食べるのではなく、被服室で裁縫をしている人も、準備室や家庭科室の周囲を掃除している人たちの昼食も、己にかかっている。
　決して失敗することはできないと、七夜あおいは懸命に手順書のプリントを見るのだけれど。
「味付けが自由って、これじゃあ分量がわからないよ……」
　今回の調理は主に目指す料理と材料を大雑把に指定しただけで、手順や分量は参考程度にしか書かれていない。きっと、各々に馴染んだ味があることを考慮したのもあるだろうが、目的の味付けのために何をすべきか聞いたり調べたりといった工程も、補習に含まれているのだろう。
　書いてある手順が理解できるならレシピを読める。ただ書いているからと、読めないのに従っては理解ができずに作れはしない。
「なるほどね」
　絢子の意図を理解した八神修は、一見不親切に見えた手順書がメモを取れるように余白が大きくとられていることに気づいた。
「何がわからないのかが分かれば、不安に思うことはないよ。あおいの知りたいことは？」
「えーっと……一番は調味料の分量かな。あと、家庭科室のフライパンには何人分くらいなら入るのかとか」
　どの料理も一人前の目安となる具材の量は書いていて、参加者の人数も大体わかっている。
　けれど、全てをフライパンに放り込んだなら、炒めることなど出来ずフライパンに接地した具材は焦げ、こんもりと山になった具材は生という大惨事になることは、あおいも経験上理解していた。
「いい質問だと思うよ。調味料は、味付けにもよると思うけど……」
　シンプルに塩、中華やカレーも食欲をそそるだろう。
　二人で手分けをして炒めるなら、複数作ることも出来るかも。色々と案を出し合って、調味料の種類を眺めて悩んだ末。
「そうだなぁ……おにぎりも具材があるみたいだし、塩と、まだ暑いしサッパリした甘酢炒めがいいかも！」
「決まりだな。聞きたいこともまとまったし……白沢先生！」
　修は様子を見て回っていた絢子に声をかけ、プリントに書き込んでおいた質問事項を順を追って尋ねていく。
　隣では絢子の回答を熱心にメモをとり、わからないことは都度聞き直すあおいの姿があった。
「凄いわねぇ、とても答えやすい質問だったわ。お料理は得意なの？」
「いえ、たまにする程度です。……キッチン仲間の彼女と、練習中なんですよ」
「一年生の頃より、だいぶ上達しました。今日も頑張ります！」
　二人の仲の良さは、揃いのエプロンを身につけていることからも伝わってくる。補習への取り組み方も真面目で、無理なことはしないだろうと、絢子は安心して次のグループを見に行くことにした。
「さ、俺たちは怪我に気をつけて作業しようか」
　教わったコツは、味付けを変えるなら切り方を変えてみること。そして甘酢炒めの具材は軽く揚げるように炒めておくと絡まりやすいということだった。
　二人並んで具材を切り分け、塩炒めは短冊切りに、甘酢炒めは一口大の乱切りにしてみる。
「違う組み合わせにしないといけないと思ってたけど、切り方で結構具材の印象が変わってくるね」
「そうだな。たまに凝った料理を作るのと、毎日の食事を作るのとは全然違う……細かな工夫があるんだな」
「これなら、毎日同じ食材ばっかりって飽きずに使い切れるかも！」
　――それなら献立は一緒に決めようか？
　そう言いかけた口を、なんとか閉じる。揃いのエプロンをつけて毎日の食事を気にしたせいか、思考が少し未来に飛んでしまった、のかもしれない。