苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―｜リアクション

苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―

　家事が苦手な人向けの補習に、先生たちが参加するらしい――そんな噂を話半分に聞いて参加してみた稲積柚春は、彼が家事をまるで出来ないと言っていたことを思い出す。
　けれど、有能な老メイドさんの仕事ぶりを見ていれば、自分の腕前なんてまだまだと謙遜することだってあるだろう。だから、ウォルター・Bが補習側にいたとしても、苦手意識があるくらいなんじゃないかなと思っていた。
「あの、念のために確認なんですけど……」
「うん？」
　二人が挑戦するのは、鶏と彩り野菜の炒め物。味付けは自由なので、彼に好みの調味料を用意して貰えたらとは言った。
　言ったのだが。
「キッチン、出入り禁止になってませんよね？」
「酷いなぁ。これでも、朝食くらいは作れるんだよ？」
　何味を作るつもりかはわからないが、取りそろえた材料は悪くない。ケチャップと味噌を合わせるなんて、ちょっと珍しい取り合わせだとは思うけど配分さえ間違えなければコクが出て美味しそうだし。蜂蜜を少し入れて牛乳で軽くのばすのも、まだ許容範囲だとは思う。
　けれど、味噌を半パックもボウルに投げ込んでどうする気なんだろう。
「お料理は週にどれくらい……？」
「やりたいのは山々なんだけど、仕事を取らないでって言われるんだよねぇ」
　少しでも休んで欲しくて、家のことをやろうとしても、有能な老メイドはやんわりと止めてくる。それを、微笑ましい話として聞ければどれほど良かっただろう。
（……仕事を増やさないでの間違いじゃないといいな）
　つい考え事をしていて、加減を間違うことだってある。他の調味料がかかっていない味噌を救出し、似たようなレシピをスマホで検索しながら、ふと思う。
「でも味噌を選ぶなんて意外ですね」
「そう？　これでも人生の半分は寝子島暮らしだよぉ」
　大学の頃からだからねぇ、と笑う彼が日本の味に慣れているのは嬉しい。けれど、やっぱり故郷の味は特別だと思うから。
　その土地土地に合った食べ物があって、その家ごとの味があって。彼が好きな味はなんだろう？
「いつか、ウォルターさんの馴染みの味も作れたら嬉しいな……あ。今は先生、だね」
　想いがつのり、つい口に出た『休日の呼び名』に気づき、訂正を入れる。
　そう今は、生徒だから。彼の引く線のギリギリまで近寄らないと、主張しないと『その他大勢』だ。
　見つけたレシピを見せるためだからと理由を用意して、彼との距離を詰めた。「これでいきましょうか」と確認をとれば、スマホを覗き込む彼はわざとなのかと思うくらい距離感に遠慮が無い。
「いいんじゃないかな？　稲積が作ると美味しくなりそうだねぇ」
　いつもは企むように笑ってみせる猫のような目が、優しく弧を描くから。何でも叶えてあげたくなるような、そんな気分にさせるのは、惚れた弱みだろうか？
「……っ、そんな顔したって甘やかしません！」
「ちぇ～」
　今日はウォルターの補習でもあるのだ、得意だからと自分が全てやってしまうわけにもいかない。
　なぜなら柚春は、これをただの補習にする気は無い。
「もう一つ、見てほしいものがあるんですけど」
　別のレシピかと、もう一度スマホを覗き込むウォルターの目に映ったのは、一行のメモ。
　――いつか、一緒にキッチンに立とうね？
　その日は、どんな関係でいるだろう……それはまだ、誰にもわからない。