苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―｜リアクション

苦手なものは苦手なんだからしょうがない!!　―家庭科の補習―

　食事は目でも食べると言うけれど、男の一人暮らしでそう凝ってもいられない。
　仕事で疲れていると、口に入れられればと楽をしてしまうだけで、それほど酷い味もしていないと思う。
　だから早川珪は、料理が苦手ではあるけれど困るほど壊滅的な腕前ではないと――そう主張したのだが。
「あっ」
　キッチンばさみで昆布をカットしていた綾辻綾花は、隣から聞こえた珪の声に振り返る。
　前髪が目にかかってしまったかな、捲った袖が落ちてしまったかな。
　何事かと思えば、彼の目の前には板ずりの力加減に失敗して折れたきゅうり。パステルブルーのエプロンを身につけてしょぼくれている様子は、ポケットに描かれた黒猫よりも愛らしい。
　ちなみに、綾花の身につけているポケットに白猫の描かれたパステルピンクのエプロンとペアっぽく見えるが、何色かあったうち決めきれなくて洗い替えとして買いそろえてしまっただけで、ペアのつもりはなかった。
　こうして身につけてもらって、初めて「そう」見えることに気づいてしまい、これを持ってきたことに少々照れくさくはあるが……今日の自分はサポートする側だ。
「大丈夫ですよ。よく味が染みそうですね」
　表面のイボもなくなっているし、色も鮮やかだ。青臭さを吸った塩を洗い流して、気持ち程度絞るようにして一口大に切ってみせる。
「あまり大きいと漬からないので、このくらいの大きさに切ってみてください」
「ごめんね、綾辻さん……それくらいなら僕でもできそうだ」
　たどたどしくも切り終わり、カットしていた鷹の爪と昆布と一緒にジップ付のフリーザーパックへ。それから全体の２％程度の塩を入れて軽く馴染ませ、パックごと平らにバットへ並べる。
「あとはもう一枚バットを重ねて、水を張ったボウルなんかで重しをすれば、冷蔵庫に入れて待つだけです！」
「特別な瓶や石はいらないのか……手軽でいいね」
　浅漬けの仕上がりを待ちながら、次はおにぎりの具材選び。珪はコンビニの棚を思い浮かべながら一通り材料を見てみるが、料理をほとんどしないため、どう組み合わせて行くべきかが思い浮かばない。
「珪先生の好きな具はありますか？」
「選ぶときは味が偏らないようにするかな……こってりとサッパリとか、少し甘めとしょっぱいとか」
「それなら……」
　寮でも自炊し時々お弁当も作る綾花は、オーダーに答えるべく材料を選んでいく。
　珪にはツナ缶の油切りと梅干しをほぐすのに挑戦してもらい、その間に綾花は鶏そぼろと薄焼き卵を作った。途中で珪の様子を窺いつつ、続いて明太子を軽く炙るように焼けば、15分足らずでこってりのツナマヨ、サッパリの梅しらす。少し甘めの鶏そぼろは握った後で薄焼き卵を巻くことにし、しょっぱい明太子と具が揃う。
「あとはこう、力を入れずにふわっと……ご飯の形を整えるだけです」
　具によって形を変えると食べる人がわかりやすいですよ、と綾花の手の中では簡単に三角にも俵にもなるご飯は、珪の手の中ではべったりと広がるだけだ。
「形を整えるだけ、とはいかないみたいだね」
「あっ、珪先生そのまま……」
　珪の頬にご飯がついている。きっと恥ずかしさを誤魔化すように手の甲で頬を拭ったつもりで、手いっぱいに広がったご飯がついてしまったのだろう。そのまま取ろうとすれば広がってしまうと、綾花は手を伸ばした。
「はい、とれましたよ。……うーん、今回は具にも味が付いてますし、お塩はもう少し少なめでも」
「えっ」
「え……？」
　ついうっかり、そのまま口に運んでしまったご飯がどこについていたのか――綾花が気づくのは、珪が頬を僅かに赤らめた後だった。

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