さよならサマー、またきてオータム｜リアクション

さよならサマー、またきてオータム

「智依子さん、おっはよー」
「おはよう、南方さん」
　９月１日の学校、始業式の後。
　久しぶりの教室で、自分がどこの席か分からなくなってしまい、梓智依子は一瞬戸惑った。
　年下の同級生との挨拶で、席を思い出して座る。
「いやー、夏休み明け早々、校長先生の長話とかゲンナリだわー」
「だよねー。保健室に行った子いたし」
「確かにあの長話はうんざりするよね」
　席を囲む同級生たちと話して、智依子は学校という日常に戻ってきたことを実感する。
「あ、そうそう。我らの癒やし、楓ちゃんは元気？」
「いいねー、新作写真お願いしますよ」
「うん、元気だよ」
　彼女らにせがまれ、智依子はスマホの画面を操作する。娘の楓を画面に出して見せた。
　祖父母（楓にとっては曾祖父母だが）と共に花火をしているもの、そうめんがうまくつかめなくて頑張っているもの、おうちプールで疲れて寝ているもの……
「あははっ、ちっちゃい子って顔面でスイカ食べるよねー」
「そうそう。顔中びちゃびちゃでさ」
「でもかわいー」
「ねー」
　智依子がスマホに指を滑らせる度に、きゃいきゃいと歓声があがる。
「楓ちゃんも今日から幼稚園でしょ？」
「離れたくない！　って言ったりしないの？」
「うん。その辺は素直に行ってくれて助かってるかな」
　智依子が同居している祖父母の家から、歩いて数分の場所に楓の通う幼稚園はある。
　門前で先生に「今日もよろしくお願いしますね」と楓を預け、手を振ってから登校したのだ。
　事情を知らない人が見れば、年の離れた妹を幼稚園へ送った姉、という風に見えるだろう。
「おーい、みんな席に戻ってくれ。ホームルーム、始めるぞー」
　先生が入室し、同級生達は手を振って、席に戻っていった。

◆

「夏休みという時間の中で、皆さんの中には将来や進路について考えた人もいるかもしれません。宿題提出ついでに、転科についても説明しておきますね」
　ホームルームの最後。教師の声に、喜矢武あいおのいる１年５組の教室では、生徒達の反応は２つに別れた。

　――えーっ、自分には関係ない。早く帰りたい。
　――今すぐってわけじゃないけど、ちょっと聞いておこうかな。

　あいおはというと、じっくりメモを取りながら話を聞いた人である。
「あいおちゃんは、どうするの？　転科の話。私は今のところものすごーくやりたい事はないんだけど……」
「ふふふ、僕は決意しました。芸術科へ転科しますっ！」
「えっ、ほんと！？」
　ホームルーム後、決めかねている風の友人に対して、あいおは高らかに宣言した。
「アイドル活動研究部や、MewTuber活動を通して、音楽について専門的に学ぼうと思いました。歌はもちろん、自分で作詞作曲が出来るようになりたいんですぅ」
　拳をかため、熱の入ったあいおの言葉に、どこからともなく拍手があがった。
「あーなるほど、だから解説動画見たり、読書とかしてたんだね」
「そうなんですよー。でも、独学じゃやっぱり限界がありまして。寝子高を卒業してから、専門学校に行くという道もありますけど、やるなら早い方がいいと思って……」
「あ、あいおちゃん……！」
　転科について語るあいおに、なぜか友人は目元をハンカチで拭っている。
「目立つことばかり考えていたあいおちゃんが、こんな、こんなに将来の事を考えているなんてぇぇ～！　夢、叶って欲しいぃぃ～！」
　感涙にむせぶ友人を慰めつつ、励ましの言葉をこそばゆく思うあいおだったが。
　周りの「あいおにしては珍しいじゃん……」という呟きは聞き逃さなかった。
「ちょっと、今言ったの誰ですか？　僕はこれでも夏休み中ずっと考えてたんですかね！」
　あいおはじろりとギャラリーを見回した。

（元々芸術科だった人とは、１学期分の差が開いちゃってますが、そこは頑張って遅れを取り戻しますっ！）

　違う、俺じゃない、私じゃない、と逃げ惑うクラスメート達を追い回しながら、あいおは誓ったのだった。