桜屋敷と手紙の秘密｜リアクション

桜屋敷と手紙の秘密

　ふたたび早乙女家の桜屋敷に戻ったときには、日はとっぷりと暮れていた。
　彰尋はあおいは桜が見える場所に身を隠して待った。
　そして待つ間、彰尋はあおいと多くのことを語り合った。

「――櫻子さんがふたりいたら。あおいさんの言葉で、その可能性に気付いたんだ」
　牛衛さんの手紙を嬉しそうに握りしめていた櫻子さん。
　時間をかけてお洒落をして乙守と出かけて行った櫻子さん。
　印象の違うふたりの櫻子さんが、もし別人だとしたら……？
「もしかしたら今宵、櫻子さんは乙守さんと一緒に凌雲閣へ行かずに桜の下で待っていたかもしれない。櫻子さんとさおりさんがとても似ているから、乙守さんと一緒に行ったのは櫻子さんに扮したさおりさんかもしれないって考えた」

　思い返せば小さな違和感はあちこちにあった。
　櫻子、さおりと出会ったときの二人の会話。

　――乙守様がお見えですって？　急にそんな……まさかあなたがお相手を。
　――いいえ、牛衛が応接間にご案内しました。

　この日、さおりは急に訪ねてきた乙守と顔を合わせないようにしていた。
　自分たちをこの応接間に案内してきたときも、さおりは部屋に入らなかった。

　――乙守晋様とおっしゃる紳士がお見えなのですが、しばしの間、お相手していただきたいのです。

　あのときもけっこう強引だった。
　乙守のことをなんとしても部屋に留めておきたいという意思が見て取れた。
　彼が待ちきれずに屋敷を歩き回ってはまずい事情があったのではないだろうか。
　そう、例えば、さおりが『櫻子』に扮するところを見られたくないとか。

　それに、支度が出来たあともだ。
　自分たちは部屋に押しとどめられ、支度を終えた『櫻子』と会うことはなかった。
　本来ならお茶を持ってくることはさおりの役目だろうに、牛衛が来て、さおりは出てこなかった。今思えば、櫻子とさおりの入れ替えを指摘されないよう、わざと応接間に留められたように思う。

「何より違和感を感じたのは、芝居の話をしたときだった」
「そっか。芝居がお好きなはずの櫻子さんは全然話に乗って来なくて、逆にさおりさんは饒舌だったね。なんか悔しい。ヒントはいっぱいあったのに、凌雲閣でさおりさんをこの目で見るまで思いつきもしなかったなんて」
「悔しがることはないよ。誰と勝負しているわけでもないんだし」
「そうなんだけどね」
「――あ、来たよ。口を噤もう」

　手紙を手に現れた人物。彼女こそ、本当の櫻子であった。
　間を置かず、牛衛も姿を現す。
　ふたりは桜の木の下で二言三言言葉を交わし、それから固く抱き合った。

　あおいは切なげに溜息を吐く。
「大正時代ってやっぱり大変かも。家とか身分とか恋の障害が多すぎる……」
「櫻子さんは何を失っても牛衛さんと生きる人生が欲しかったんだろうと思うよ」
「気持ちはちょっと分かるなあ。でも入れ替わりなんて本当に気づかれないものなのかな」
「さあ……いずれにせよ、俺達は過去を変えることはできない。この日がなにか運命を決定づけるようなとくべつな日で、俺達はそれを見るだけなんだと思う。見て、知ってほしかったんだ、誰かが」
「誰かって、あの声の主？」
「さおりさんか、それとも本当の櫻子さんか……」

　牛衛と櫻子は手を取り合って何処かへと姿を消す。
　敢えてそれは追わなかった。
　夜は更けてゆく。
　それから朝が来て――

　あおいと彰尋は、櫻子の部屋にいた。　
　手紙を見つけたあの瞬間のままで。

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