早乙女家。東京の片隅、川沿いに広大な敷地を持つその屋敷は、
庭にそびえる一本の大きな桜があまりに見事なので近所の人から「
桜屋敷」と呼ばれていた。お屋敷は大正浪漫の香りがする和洋折衷のつくりで、今は年老いた女主人と、長く仕えた使用人の老人のふたりが暮らしているのだという。
「付き合ってくれてありがとうね、彰尋くん。遠縁の人から是非にって名指しで、断れなくて。一人じゃ心細いなら友達も誘っていいって言われて」
七夜 あおいはすこし申し訳なさそうに
鴻上 彰尋を見上げる。
「俺で力になれるなら」
彰尋は、気にしないで、と笑みを浮かべた。
「跡継ぎがなくて家の整理をしたいから、若い人に来てほしいという話だったね」
「うん。お礼は弾むし、気にいったものがあれば貰ってもいいんだって。
先代の櫻子様は芝居がお好きだったそうだから、彰尋くんが気に入るものもあるかもしれないよ」
「なるほど、それで俺を誘ってくれたんだね」
平たく言えば、古屋敷の整理のアルバイトだ。
桜屋敷は立派で部屋数も多かった。廊下や書斎は和風だが、応接間や寝室は洋風で、古びてはいるが当時の贅を凝らして造られた屋敷であることがよくわかる。
「七夜様、鴻上様、この度はありがとうございます。屋敷は奥様とわたくしの二人暮らしで手が回らぬところも多く……。お若い方にお手伝い頂けると大変助かります」
使用人の
牛衛 結太朗は物腰柔らかな老人で、九十は過ぎているようだった。
まずは女主人の
早乙女 糸に挨拶に伺うと、彼女はベットから身を起こし微笑んだ。
「このような姿でごめんなさいね。近頃体調を崩しがちで、こうして寝たり起きたりなの」
「どうぞお気にならさず。お楽になさってください」
彰尋が気遣うと、糸は枕にもたれて体を楽にした。
「ありがとう。今日はよろしくお願いいたします。早乙女家には跡継ぎがおりません。この屋敷もいずれ人手に渡ることとなるでしょう。物ばかりあっても仕方ないの。大方処分するつもりだけれど、もし何か気に入ったものがあれば差し上げたいわ。遠慮なくおっしゃってくださいね」
そのような事情であれば、今のうちに整理しておきたいという気持ちは良く分かる。
普段使いしている部屋は大丈夫、と、ふたりが整理を頼まれたのは先代の主『櫻子』の部屋であった。
「それじゃ、はじめようか」
部屋は洋風で、レースのカーテンも草木花柄のベッドカバーも品良く乙女らしい。
書棚には書籍とともに昭和の芝居のパンフレットが並んでいる。
桐箪笥には若かりし頃の着物なども仕舞い込まれている。
「人の部屋を整理するって緊張するね」
「ある意味、宝の山じゃない? 彰尋くんにとってはとくに」
「だから余計に時間が掛かりそうだと思ってさ」
「そうだね、本当に大切なものは残しておいたほうがいいだろうし」
箪笥の中身を床に広げ、あおいは何気なく引き出しの底を叩く。
「古い箪笥の引き出しってからくりとかありそうだよね。二重底とか」
こと。
床板がずれる。
「……あったね」
「……あったな」
二重底の下にあったのは、三つ折りになった紙片だった。あおいは恐る恐る開いてみる。
『お慕いしております
今宵、桜の下にてお待ち申し上げております』
「これって……恋文、だよね」
二重底の下に隠されていたのは、宛先人も差出人も不明の恋文だった。
その瞬間、二人の脳裏に女性の声が不思議に響いた。
――あなた方なら手紙の秘密を暴いてくださるかもしれない
あなた方をあの時空へ送り届けましょう
滞在時間は、二十四時間
どうか……わたくしたちの秘密を知ってくださいませ
「秘密って……」
強烈な眩暈に襲われ、前後不覚に陥る。
そして――。
我に返ったとき、彰尋は書生の、あおいは袴姿の女学生の格好をして、庭の桜の木の下にいた。
「櫻子様!」
遠くで誰かが呼んでいる。
束髪くずしと呼ばれる、いまでいうハーフアップの髪形をした袴姿の少女が植木を掻き分け駆けてくる。
手には三つ折りにした手紙を握りしめて。
「今しがた受けとった手紙……『今宵桜の下で』……嗚呼」
少女は天を仰いで嘆息し、それからあおいと彰尋に気づいて頬を赤らめた。
「どなた? どうしてこんなところに?」
あおいと彰尋は顔を見合わせる。
自分たちが
大正時代にタイムスリップしてしまったのではないか。
目の前にいるのは、
先代の早乙女家当主である櫻子の若かりし姿ではないか。
櫻子の独り言から察するに
二重底の恋文は櫻子に宛てられたものではないか。
それらのことを同時に悟ったからであった。
こんにちは。
ゲームマスターを務めさせていただきます笈地 行(おいち あん)です。
鴻上 彰尋さま、プライベートシリオの申請ありがとうございます。
7月7日は七夜あおいさんの誕生日。そして七夕ですね。
ら!タイムとリアルタイムは違いますが、お祝いの気持ちも込めまして
大正浪漫風・微ミステリをご用意させていただきました。
このシナリオは基本的にあおいさんと彰尋さんがバディを組んで
お二人で行動することになります。
手紙の差出人は誰なのか、
手紙に潜んだ謎は何なのか。
解いてみてもいいですし、解かずに大正浪漫な雰囲気を楽しんでいただいてもかまいません。
あおいさんとご自由に行動なさってくださいませ。
<このシナリオのルール>
◇過去の滞在時間は24時間です。
手紙の謎は解けても解けなくても戻ってきます。
戻ってきたとき、現実世界ではほとんど時間経過はありません。
◇過去の世界の人々は、あおいと彰尋さんを認識でき、話もできます。
◇時代は漠然と大正時代です。
あまり突っ込まないでください。推理には支障ありません。
浅草十二階はまだあります。
<現在の世界>
早乙女 糸(さおとめ・いと)
早乙女櫻子と晋の子で、早乙女家の女主人。90代。
結婚をしたが夫も子も戦争で亡くして以来ひとり身。
体調を崩し、ベッドで寝たり起きたりの生活をしている。
牛衛 結太朗(うしえ・ゆうたろう)
牛衛善彦とさおりの子で、早乙女家の使用人。90代。
穏やかな雰囲気の老人。糸に心底忠義を誓っている。
早乙女家の屋敷
和洋折衷のモダンな屋敷。
川沿いの広大な敷地を擁しており、
川そばに大きな桜の木が一本聳えているため
近所の人からは「桜屋敷」と呼ばれている。
<過去の世界>
時代は大正。季節は春。
早乙女家の家屋は現代と同じようにある。
この日、早乙女家にいたのは下記の四人。
櫻子が手紙について『今しがた受け取った』と言っていることから
四人の誰かが手紙の差出人と思われる。
敷地内の一本桜は満開。
早乙女 櫻子(さおとめ・さくらこ)
早乙女家の一人娘。兄弟はなし。女学生。
近頃、父母を相次いで亡くし、
早乙女の屋敷に使用人のさおり、牛衛と暮らしている。
親族からは家の存続のために親同士が決めた許婚の乙守を
婿に取って結婚をするようせっつかれている。
この時代の女学生は結婚をして寿退学をするものと考えられていたので
早すぎる結婚というわけではないが、なにか悩みがあるようだ。
乙守 晋(おともり・しん)
20代前半の若き実業家。櫻子の許嫁。
櫻子とは幼少期に会って以来ほとんど面識がなかったが、
結婚には乗り気。
この日は櫻子を浅草十二階に誘うため会いに来ていた。
櫻子と乙守は、夕方、出かけることにしたようである。
※浅草十二階(凌雲閣)…浅草公園に建てられた12階建ての展望塔。
大正12年関東大震災で火災・倒壊。この時はまだ残っているようだ。
天川 さおり(あまかわ・-)
早乙女家の使用人(女中)。
櫻子より一つ年上で、家事全般に携わっている。
控えめな性格で櫻子とは仲が良く、顔だちも似ていて
姉妹のように見られることもある。
牛衛 善彦(うしえ・よしひこ)
早乙女家の使用人。二十代後半で十代の頃から早乙女家に仕えている。
寡黙な男で、家屋や庭の手入れなど
献身的に早乙女家に尽くしている。
アクションでは、推理やあおいさんとの行動などをお書きください。
それではどうぞごゆるりとお楽しみくださいませ。