夏霞の赤い月　Ghost Festival Moon｜リアクション

夏霞の赤い月　Ghost Festival Moon

　14歳は、梓智依子にとって特別な年齢。
「ママ、どこから見て回る？」
　お祭り会場をくるりとみやる楓は、ダンス部で引き締めているからか細身だけれど、しなやかな長い手足のおかげもあって、大人びた美人に成長した。
　いつまでもついていてあげなきゃ、まだ子供だと思っていた娘も中学２年生……今年の秋には、智依子が楓を産んだ年齢14歳となる。
　娘の顔立ちが自分と似てきて、同じようにダンスを好きになって。改めて娘なんだなと実感できることが嬉しくもあり、苦労をするところまでは似て欲しくないと、いつ重大な話をされるかと身構えてしまう。
　楓は恋に関してはまだ奥手っぽくて、微笑ましい恋バナくらいしか聞かないことに安心はしているけれど。
（……今は、それでいいからね）
　娘が同じ年頃になって、あの時の周囲の反応が正しかったのかどうかと考えられるようになった。
　自分が楓と離れることもなく小学校教諭として働けることになったのは、幸運の巡り合わせだと自覚がある。
　努力をすればとか、同じだけ守ってあげるからと言えるだけの力は……まだ無いかもしれないけれど。
「ママ？」
「今年もママと来てくれて嬉しいなって思ってたの」
　思春期ともなれば、母親と出かけることに恥ずかしさから嫌悪する子だっている。小学校より友達の範囲も増えただろう。見た目も中身も大人びているのだ、そのうち『ママ』なんて呼んでくれなくなるかもしれない。
「大げさ！」
　気恥ずかしそうに笑う顔は年相応で。来年もこうして一緒に楽しめるかはわからない分、目一杯楽しもうと智依子は露店の方へと足を向ける。
　そこには、瓶ビールの箱を積み上げて板を乗せた簡易的なテーブルが用意されている飲食スペースもあり、それを利用して方々で勝手に腕相撲やトランプなどでゲームが行われていた。
　見ている側もどちらが勝つかと賭け事に乗じ――とはいっても賭けるのは自分の店の割引券だったり、小さなお菓子だったりと平和的な物。小さな島の小さなお祭りだからこそ、楽しめる空気感。
　露店の材料補充に力自慢が駆り出されて、小麦粉の大きな袋やキャベツの山盛り入った箱などを持って砂浜を走るレースなんてのも見世物として成立していたりする、温かい人の多い場所。
（楓をこの島で育てられて良かったな）
　時に声援を送って、気になった食べ物を楓と少しずつ食べてみて。そうして露店の端の方まで歩けば、創作ダンスを踊る人たちがいた。
　老若男女様々に好き好きに踊る振り付けを繋げるように、言い伝えを体現するようでもあるそのダンスは、目を惹く物があった。
　ベースはクラベスがリズムを刻むだけ。それに合わせて好き好きに持ち込んだ楽器や石で音色を重ねているけれど、何もかもが即興的だ。それでも、智依子のつま先は無意識に砂の上で小さくリズムを取る。
　それに楓は気づいたのか、自分がうずうずするのを止められなかったのか、智依子の手を取った。
「ママ、行くよ？」
「え？　ちょ……」
　楓に手を引かれ戸惑う時間もなく、ダンスエリアとなっていた砂浜へ駆け出した。
　新しいチャレンジャーを祝うように囃し立てるギャラリーに、困惑して棒立ちするわけにもいかない。
「……もうっ！」
　ここはダンスステージで、リズムが聞こえてくるならば、することなんて決まっている。
　顔を合わせ笑い合っても、背中合わせにステップを踏んでも。息の合った動きに会場は大きく沸く。
　足下が砂場であることなど忘れるくらいにキレのあるダンスは一番の盛り上がりを見せたことが、嬉しいのだけど――ほんの少し恥ずかしくも感じた。