夏霞の赤い月　Ghost Festival Moon｜リアクション

夏霞の赤い月　Ghost Festival Moon

　なんとなく繋いでしまった手をそのままに、鴻上彰尋と七夜あおいは露店を見て回った。
　美味しいものを食べては作り方を知りたいと聞いていたり、可愛い小物を見かけては微笑む彼女に寝子島での高校生活を思い出すけれど、それが話題にあがることは無かった。
　踊って、ゲームに盛り上がる場所では声援を飛ばして。ひとしきり巡って、浜辺の静かなところで腰を落ち着ける。
「ふふっ、こんなに楽しいお祭りなら獣人も来てくれるかな？」
「あおいさんは会いたいの？」
「うーん……難しいな。会いたいけど、出て行っちゃった理由はわからないから」
　彼女が見上げる視線の先を追えば、霞がかった赤い月。
　何か不思議なことだって起こりそうな、そんな色。
「出て行った理由は、今の獣人も知らないんじゃないかな」
　彰尋はフードをゆっくりと下ろす。髪と同じ色合いの狼の耳が、ぴんっと夜空に向かって立っていた。
「えっ、本物……？」
「うん」
「本当に、来てくれたんだ」
　安堵したような、感極まったような。そんな顔で笑うから、彰尋は内心複雑だった。
　求められているのは『獣人』であって、『彰尋』ではない――そんなこと、誘われた時にわかっていた。
　それでも、彼女の笑みに愛しさを感じてしまった以上、報われないかもと足を止めることなんてできない。
「追いかけて待つことは、慣れているのかもしれないな」
「この島へは誰かを探しに？」
「そうだと言ったら？」
　彰尋は柔らかく微笑むのに、まるで目を逸らすことを許さないというように繋いだ手に力を込める。
　理由がないと触れられなかったときとは違う。
　あの時のように素敵な花火も、綺麗なパレードもないけれど。
「今宵は一段と世界が眩しく感じるよ」
「……？」
　驚きもせず、指も震わせず。何を言われたのかとゆっくり瞬くあおいの目尻に涙が滲んだと思った矢先、それは頬を伝う。
「あおいさんっ!?」
「あ、あれ……砂でも入っちゃったかな。なんで」
　拭ってもぬぐっても止まらない涙の理由はあおいにはわからなかった。誰かの涙を代わりに引き受けたかのように、自分で止める術すらわからない。
　ただオロオロとしながらも傍に居てくれる彰尋を、ずっとずっと待っていたかのように嬉しかった。
「ごめんね、大丈夫！　自分でもびっくりしちゃった。ただね……」
　少し伏し目がちになるあおいは、彰尋と繋いでいる手を両手で握りしめて、独り言のように呟いた。
「それが、獣人として人間に会いに来てくれたからじゃなくて、『私』へだったら違う意味に聞こえたのかな」
　言っていて恥ずかしくなったのか、あおいは片手を離してフードを被り直す。
（……ああ、そうか）
　彼女は記憶がなくても寝子島で出会った七夜あおいに違いなくて、でも今生をこの島で生きる七夜あおいだ。
　自分がただの獣人として認識されたくないように、彼女も自分が誰かと重ねられていると思わせたのなら、訂正しないといけない。
　彰尋はフードをしっかり被り、一度目を伏せる。大切な寝子島での記憶は今でも鮮明に思い出せるけれど。
「あおいさんに会えると思っていなかったけど、誘ってくれて嬉しかった」
　彼女は獣人を焦がれていても、獣人と知って声をかけてくれたわけではなくて。
「私もだよ、彰尋くんが見つけてくれて良かった！」
　自分だって『彼女』だと確信があって目で追ったわけじゃない。
　出会い方だって姿だって違う、これは新しい始まりなのだろう。

　何度生まれ変わっても、そこが別世界でも……君が忘れていたとしても。
　それでも俺は見つけてみせるから、どうか笑っていて欲しい。
　愛しい君が笑えばそれだけで、一段と世界が眩しく感じられるんだ。

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あとがき

担当マスター：浅野悠希
ファンレターはマスターページから！

みなさまご参加ありがとうございます、浅野です。

今回はifシナリオとのことで、いろんな設定や関係を楽しんで頂けたでしょうか？
いや～忘れても恋に落ちるとか、覚えている『君』と目の前の『君』で揺れるとか、いいですよね！
もしかしたら、寝子島に住んでる今の皆さんも何かしらそういう繋がった想いをお持ちなのかもしれません。
楽しんでいただけたら幸いです。

ご意見ご感想、もしくは「読んだよ！」の代わりにダイヤリーのページチェック入れて頂けると、めちゃくちゃ喜びます。
お時間ありましたら、よろしくお願いします～！

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