夏霞の赤い月　Ghost Festival Moon｜リアクション

夏霞の赤い月　Ghost Festival Moon

　何度こうして島を巡ったかわからない。
　硬い道路、天に伸びる高い建物、馬もなく走る箱……朧気な記憶とは形がチガウ――。
　髪色に似た狐耳を立て、祭りの賑わいを聞きつけた八神修は、少し離れた所で様子を窺っていた。
　この島の住人は、匂いからしてミミナシのようだったけれど、集まっている姿は耳や尻尾があるようだ。
　彼らは同世代の大勢と学校という場所に通うことは知っているが、今日は浜辺でどうしたのだろう？
「学校……」
　そこにも寄ってみたけれど、よくわからなかった。
　会いたい人がいると思ったのだけど、誰かもよくわからない。どこに行けばいいかも、わからない。
　ぼんやりとしたその面差しが、どれだけ時間が経っても見えなくて。どれだけ待っても声が聞き取れなくて。
　なのに「もういいや」って投げ出せない。もう一度会いたい大切な人なのだと本能が告げていた。

　仮装までして獣人を待っているなら、そのままでも良さそうかと思ったけれど。ゆっくり見物も出来なくなりそうだったので、大人しく狐耳のパーカーを羽織ることにした。ふさふさの尻尾は隠すのも窮屈なので、何か聞かれたら精巧なアクセサリーとして答えるのが良さそうだ。
　クラベスのリズムも民謡も、修にとって耳馴染みはなかったけれど。こうして耳や尻尾をつけてワイワイするミミナシは記憶の島でもあったように思う。その時、自分や記憶の中のあの人はどうしていたのだろう。
（……やっぱり霞がかって見えないな）
　目的もなく露店を流し見ていたところ、工芸品が目に入った。小指の先から両手で包み込むのがやっとな大きさを取りそろえた、木彫りの人形を扱った露店。
（狼、猫、兎……あった、狐）
　手乗りサイズの人形に自身と同じ種を見つけ、思わず尻尾が揺らめきそうになる。しかし、その人形には少しだけ違和感があった。
「すみません、これは１体売りなんですか？」
「よく気づいたね、それは対になる子があるんだよ。まだ売れてないと思うけどねぇ……探してごらん」
　修は一言断って人形を手に取った。向かって右側に手を伸ばし、隣を微笑ましく見ている狐の獣人。
　やすりがけはされていても着色のされていない状態なら、色味も参考になるかも知れない。
　じっと集中して観察しているから、すぐには気づかなかった。
「うわぁ、すごい細かい木彫り！　色んな獣人がいる」
　お客さんが来たなら少し横にずれないと、と思って半歩スペースを空ける。
　すると彼女は、その半歩分また近寄って並ぶ人形に手を伸ばした。
「この狐の子、可愛いですね」
（狐――この香り、それにこの声って……っ！）
　耳元で心臓が鳴っているのではないかというくらい緊張する。
　あんなに『聞こえない』と思っていた声音は、きっと。
「あれ、もしかしてあなたのとペアかな？」
　ゆっくりと隣を向けば、兎耳のパーカーを羽織って微笑む少女がいた。
　パーカーの隙間から茶色いツインテールを覗かせて、深い海色の瞳が柔らかく輝いて。
「どうかな……探し始めた所だから」
　努めて冷静に答えるけれど、声は震えてなかっただろうか。動揺した顔をしていないだろうか。
「じゃあ答え合わせしてみよう！」
　差し出された人形に重ね合わせるように、修も手を伸ばす。
　二つの人形は離ればなれで陳列されていたのが嘘のように、ぴったりと収まった。
「探して、いたんだ」
「そうだよね、片割れだけなんて可哀想だもの」
　今なら見える。思い出せる。彼女の名前は――七夜あおい。
　ミミナシの頃に恋い焦がれ、何よりも大切だった少女。
「見つけてくれたお礼がしたいんだけど、どうかな？」
　彼女はあの時と変わらぬ笑みで頷いた。

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