寝子召地蔵と忘れじの念い｜リアクション

寝子召地蔵と忘れじの念い

●十四歳の苦悩
　あれから友人を訪ねて借金に成功した蕎麦人は今、人気のない最終列車の中にいた。
　実はこの電車賃もぎりぎり捻出したものなのだが。
　なにしろ、懐が温まって真っ先に携帯カセットプレイヤーなぞ購入したものだから、あとはその釣銭程度しかないのは自明である。では、なぜそんな暴挙に出たのかと言えば、拾ったカセットテープが聴きたかった、ただそれだけだ。
　このことを友人に話した日には、またクズだカスだと罵られるだろうが、別に構わない。
　事実なのだから。
　車窓の闇に映るにやけた自分の顔を更に鼻で笑い、蕎麦人は再生ボタンを押した。
　ふざけたMCのあと、なんだか頼りない少年の声に切り替わる。

　……俺。　俺、だよ俺。
　これほんとに未来に届いてる？　まーいいけど。
　なあ、数年後の俺ってどうしてんの。
　まともになった？　それともまだクソみたいな生活送ってる？
　…………………………………………。
　なんで答えないんだよ、なんか言えよ。
　嫌……だよ、俺。こんな風に生きていたくないよ。
　………………。
　………………………………………………。
　………………………………………………………………………………助けてくれよ。
　頼むよ。大丈夫だよって、ちゃんと生きていけてるよって言ってくれ。
　じゃないとさ、俺――

「はっはっは！」
　蕎麦人は停止ボタンを押すと同時に爆笑した。
「なんだよこれ、例の不思議な力か？　やっぱロクなことねえわこの島！」
　車内が無人なのをいいことに大声で、額を押さえ肩さえ揺らし。
　堪え切れないとばかりげらげらと。
「……っとに腹ぁ抱えるわ、『助けてくれ』だ！？」
　げらげらと。
「馬鹿なガキ！　俺なんかがマトモになれるわきゃねえだろが！」
　げらげらと。
　ひとしきり笑って、やがて疲れ果て。
　シートの背もたれをずるずるとだらしなくずり落ちて。
「ヒモで女に小遣いもらって、そんで刺されそうになってる――これが俺だぜ」
　散々蔑んでやった声の主に、自分自身に、そう囁きかけた。
　そう、良いほうに転じるわけがない。
　冷淡な父の態度が苦しくて、少しでも興味を惹きたくて。
　悩んだ挙げ句非行に走り、いわゆる悪いことは大抵やってみた。
　自分のことを蔑ろにしておいて「僕のこと見てよ」なんて想い、通じる筈ないのに。
　案の定、父親との関係は取り返しがつかないほどに悪化した。
　何も手に入れられなかった蕎麦人が、どうして真人間になれるというのか。
「どーよ絶望した？　胸糞わりぃ〜」
　自嘲の笑みは、夜の闇に虚しく消えていった。

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