寝子召地蔵と忘れじの念い｜リアクション

寝子召地蔵と忘れじの念い

●十六歳の失恋
　繁忙期の代休を利用して、三折部朝衣は寝子ヶ浜海岸のビーチに来ていた。
　まだ八月とはいえ平日で人気もなく、ほぼ貸し切り状態だ。
　おひとり様で水着姿の日光浴を楽しむ傍ら、朝衣は一本のカセットテープをかしゃかしゃと振って弄んだりしていた。
　外出前にたまさか引き出しの中で目についた、自分の名前が書かれたそれは、いつかのナニカの記録なのだろうけれど。どうしても中身が思い出せない。
　本当は寝子召地蔵のところで拾ったのだが、なぜかそのことは忘れてしまっていた。
　何はともあれ、聴けば分かるか。
　朝衣は携帯プレイヤーにセットし、寝返りをうってシートにうつぶせになると。
　イヤホン装着の上、Playを押す。
　内容は、スズキユキと名乗るパーソナリティのMCに始まり。
　それから少しの沈黙を経て、いよいよゲストとやらが語り始めた。

　こんにちは、未来のあたし。
　……ついこの前、失恋したんだあたし。
　去年の夏、寝子ヶ浜の海であの人と出会ってから、まる一年。
　やっぱり寝子ヶ浜の海で、あっけなく終わっちゃった。
　今はやっと落ち着いて、こうして話せてるけど……覚えてる？
　しばらくの間、毎日泣いて過ごしてたの。
　ねえ、今日は何日？　あの日からどれくらい経ったのかな。
　あたしは、まだサーフィン続けてる？
　まだ、あのときの痛みを引きずってる？
　また……――また恋をしてる？
　もしよかったらその後のあたしのこと、聞かせてくれないかな。
　なんてね、そんなの無理だけど。あ、鏡にでも向かって話すとか？

　……ううん、どんなカタチでもいいから、聞かせて欲しい。
　楽しみに、してるから。

「残念ながら面と向かって話せるような鏡はないかな。でも聞こえてるからいいよね」
　朝衣は少しおどけた調子で、横になったまま自分宛てに近況報告をしてみた。
「今もサーフィンは続けてるし、新しい彼氏だっているよ。やっぱりサーフィン繋がりでね」
　きっかけは初恋だったけれど、いつしかサーフィンそのものが朝衣の一部になった。
　全然飽きないし、また恋にも繋がった。きっと、もう一生続けていくんだと思う。
「付き合い始めて、もう一年以上になるわ。ただ、最近はお互い仕事が忙しくって、なかなか……ね」
　そう言った瞬間、ちくりと胸が痛む。
　いくつかの事柄が、十六歳の初恋のときと符合していることに気付いたから。
　でも、同じじゃない。だから、くよくよする必要はどこにもない。
「そうだ、その手があった」
　去来した感傷を吹き飛ばすように勢いよく、朝衣は身を起こした。
　スマートフォンを手に取って、カメラを起動。
　画面には、夏空よりも鮮やかなブルーのビキニに身を包む、健康的な美女が映る。
「どう？　綺麗でしょ。彼にも見せてあげようよ」
　いつかの自分に、今の朝衣に、自慢げな顔をしてみせて。
　撮影ボタンをタップするや否や、速やかにアップロードする。
　投稿先はもちろん、大切なあの人とのホットライン。

　あの日から五年経った今。
　この島で、この海で、恋にサーフィン、それから仕事と。
　朝衣はぼちぼち楽しく忙しい、それなりに幸福な日々を送っているのだった。

　スズキユキは、そんな彼女の様子を遠くから嬉しそうに眺めていた。

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