その日、寝子温泉で汗を流した
樋口 弥生は、砂掛谷駅へ戻りがてら地蔵堂に立ち寄った。
そこに佇むのは、寝子召地蔵。
いつか誰かが呼んで以来、その名で親しまれているこのお地蔵様、実は
様々な言い伝えや
不思議な逸話の尽きない側面がある。
そして近頃、また新しい噂を耳にするようになった。
それは――
「あら、珍しい」
饅頭のひとつでも奉ろうと屈んだ弥生の目に、意外な物が映る。
これまでに供えられた駄菓子やかつおぶしに半ば埋もれながら、西日を照り返したのは。
一本のカセットテープだ。
それだけでもなかなか珍しいのだが、少しも気取らない罫線のみのインデックスカード、カセット本体に貼られた無地のシールから、相当古い物であることが窺える。
いつもならば、この時点で見て見ぬふりをしたことだろう。
だが、なぜだか今日は気になって仕方がない。
弥生は戸惑いながらもナニカに誘われ、とうとうそれを手に取ってしまった。
そして改めてインデックスカードを見るなり、微かながら目を見開いた。
まず目に飛び込んだのは、タイトルと思しき『樋口弥生』の四文字。
そして、右下に小さな文字で『芸術科三年八組 スズキユキ』と書いてある。
同クラスの担任は他でもない弥生だが、そんな名前の生徒に心当たりはない。
それだけなら過去の卒業生かも知れないと思うこともできただろう。
では、弥生の名前が記されている理由は?
同姓同名の別人? それとも。
「……考えても仕方ないわよね」
今日は本当に、らしくない。
らしくないのなら、いっそ――と、テープを袖に忍ばせて。
お地蔵様に手を合わせ、弥生は帰途に就いた。
帰宅した弥生は、押し入れに仕舞い込んで久しい年代物の携帯カセットプレイヤーを引っ張り出し、早速『樋口弥生』のテープをインサートする。そうして懐かしくも小気味好い音を立てる蓋を閉じ、イヤホンを装着して――ついに再生ボタンを押した。
数秒のくぐもったノイズの後、聴こえてきたのは、やたら能天気な女の子の声。
「これを聴いてるっていうことは寝子高の子?
それとも先生? あ、卒業生とか? じゃなくて偶然拾っただけ?
まあいいや。コホン。こんにちは。寝子高芸術科、三年八組のスズキユキでーす。
えっと、こーんな怪しいテープを再生してくれてどうもありがとうね。
そんなあなたのために! なんと! 本日は特別ゲストをお招きしています! わーーぱちぱちぱち。
なんかね、どうしても伝えたいことがあるんだって。それじゃ代わるよー」
果たしてゲストとして語り始めたのは、ずっと昔の、いつかの自分。
こんな録音をした覚えはないけれど、言葉が、声が、そう確信させる。
我知らず微笑を浮かべながら耳を傾けていると、やがてキリのいいところでプレイヤーは自動的に停止した。
「…………」
弥生は改めてカセットテープをケースに納め、卓上にそっと置いて。
お地蔵様にしたのと同じように、両手を合わせた。
次の日、弥生は一切を忘れてしまっていた。
地蔵堂で不思議なテープを拾ったことも、昨夜聴いた内容も、スズキユキという生徒のことも。
卓上に置いたはずのカセットテープもどこにもないが、それさえ気に留めはしない。
けれど、なんとなく軽やかで心地好い気分のまま、一日を過ごすことができた。
はじめまして、こんにちは。津軽無色と申します。
早速ですが、寝子島の夏も終わりが近そうなので、ちょっと怖いようなしんみりしたようなお誘いに参りました。
皆さんは寝子召地蔵の元で、自分の名前が書かれたスズキユキのカセットテープを発見し、不思議な力によってそれを聴かずにはいられなくなります。
アクションには、少なくとも以下の二点を必ず記載してください。
・収録された過去のあなたの声が、現在のあなたに伝えたい内容
・それを聴いたあなたの気持ちや反応
なお、ガイドで樋口弥生先生がお持ち帰りしていたように、寝子島の中なら場所はどこでもOK、時間帯も自由です。ラジカセ、コンポ、携帯プレイヤーなどのカセットテープが再生可能な機器をご用意の上、お好きなシチュエーションでどうぞ。
ただし、基本的にテープ一本につきご本人様のみ、GAで一本(下記参照)の場合はそのメンバーのみの描写となります。
◆GAについて
それぞれのテープが存在するかも知れませんし、全員の名前が記されて一本に纏まっているかも知れません。友達同士掛け合いシーンを挿みたいけど聴くのはあくまで一人が良いという場合は前者、みんなで一緒に聴きたいなら後者が適切でしょう。
やりたいことのイメージに合わせてご指定ください。
◆カセットテープについて
再生終了後、たとえ厳重に保管してもいつの間にか見当たらなくなります。
同時に、このテープに関する記憶がなんとなく曖昧になります。
まったく思い出せなくなったり、多少は覚えていたりと、個人差があるようです。
ただし、スズキユキという名前だけは、どうしても覚えていることができません。
もし、調べて記録しても、なぜか忘れて紛失してしまいます。