両手いっぱいの星空を、きみと｜リアクション

両手いっぱいの星空を、きみと

　校庭の片隅で、カプセルギアのворを人形用の椅子に座らせ、いつものようにぬい活をするかと思いきや、稲積柚春は金平糖の入った小瓶を握りしめて頬を赤らめるばかりだ。
「ねぇвор、ちゃんと喋れてたと思う？」
　数日前の、ウォルター・Bとの一件が頭を離れない。
　今日も先生に会えるかもと喜び勇んで来たけれど、手短な挨拶と虫除け効果のアロマを手渡すだけにとどまり「あとで一緒に見ませんか」など言えなかった。
　気を紛らわすためにやってみた金平糖すくいも、黄色や水色と彼の色ばかり目で追って、その度に彼と触れた熱を思い出してロクに掴むこともできず、こうしてворに話しかけている。
「先生、どう思ったかな」
　さっきの態度も、あのことも。
　近づきたいけど恥ずかしくて、意識してほしいのに何もできない。
　ぎゅうっと心臓が痛くって、助けを求めるようにворを見る。勿論、目元すら光らず表情だって変わることはないけれど。
「ворと話せたらな……」
　たまに返事が返ってくる気がするのは、バトルで気が昂ぶってるのだと思う。オモチャな彼と話せるわけはないとわかっているけど、寝子島に来て運命的な出会いをした大切な存在は特別で。
（そういや、不思議な夢を見るようになったのもマスターになってからかな？）
　夢でしか会わない、名前も何も知らないのに、こちらの日常は筒抜けでからかってくる男の子。
　好みで言えば満点すぎて、アイドルを見てるかのような子。
　一体なんだってそんな夢を見るのか。ふと仰いだ空には流星が走った。
「流れ星！　ねぇворも見える？　一緒に写真……」
　そこには、悪戯な笑みを浮かべる男の子がいた。夢でしか会えなかったはずの彼だ。
「……センセー誘わなくって良かったの？」
「え、だって」
「キスまでしといて何遠慮してんの」
「へっ！？　な、なんで……」
「守れなくて、ゴメン。でもオレは――」
　柚春の肩越しに何か見つけたのか、彼は睨み据える。その視線を追えば、ウォルターがこちらへ向かってくる所だった。
「稲積、さっきのアレありがとねぇ。おかげで今のところ虫刺されナシ！」
「よ、良かったです……！　あの、先生これは」
　なんとなく、夜に男の子と二人きりな所を見られたくなくて、柚春は腕を振って隠そうとする。
　けれどウォルターは、難なくその腕の先を確認して微笑んだ。
「ああ、いつも一緒だよねぇ。カプセルギアだっけ」
　ぬい活だよねぇ、と笑われて驚くも、振り返った先には椅子に座ったворがいる。人が駆けていく後ろ姿すら周囲にはなくて、少年は夢の中と同じく忽然と消えていた。
「……はい、ворって言うんです」
（うたた寝してたのかな？　なんだったんだろうね、вор）
　そう問うように眺めても、やっぱり返事なんてあるわけがないのだけれど。
（遠慮……）
　少年に言われたとおり、今更かも知れない。
「先生は休憩？」
「見回りついでの自由時間ってとこかなぁ」
「じゃあ、一緒に見られる？」
　夜空を眺めるウォルターの横顔をじっと見る。忙しい彼を引き留めてはならないという思いと、彼と一緒に流星群を見たい気持ち。それから――
（あのキス……どう思ったかな）
　きらり、星が筋を描く。ひとつふたつと煌めく筋より、暗がりで見るあなたの瞳が夜の海のように輝いてることや、おっとりした口調が真面目になるときもあると知って。
　でも、足りない。
「稲積」
　目線は夜空に向けたまま、ウォルターは続ける。
「流星群を見なくていいの？」
「先生が星空似合うから！　流れ星って先生のチョークみたいで、だからっ！」
　何それと笑う彼にこみ上げる思いは、確かに。
（……だいすき）
　迷いのない恋心。