両手いっぱいの星空を、きみと｜リアクション

両手いっぱいの星空を、きみと

　長期休みの学校なんて、久しぶりと感じても良さそうなものだけど。
　御巫時子にとって、校舎は自身の学び舎でもあり愛しい五十嵐尚輝の勤め先でもある。彼の食生活を心配して差し入れるお弁当は、毎日ではないとはいえ夏休みも続いていたので久しい感じはまるでない。
　今日は一般開放の都合もあって、理科室まで訪問することができないため生徒玄関で待ち合わせ。
　いつも訪ねていく側だった自分が、彼を待っている。なんだかそれも、しみじみ思えば幸せなことだなと思ってみたり。
「御巫さん？　お待たせしてしまいましたか」
　いつものボサボサ頭のままで、決して着飾って出迎えてくれるわけではないけれど。それでも、彼は自分の元に来てくれた。幸せだな、と口に出そうになって時子は微笑み直す。
「尚輝先生、今日は楽しみですね」
「それは良かった、僕も駆り出されたかいがあります」
　口数の少ない尚輝だけれど、慣れた時子には会話のとっかかりを上手く掴んで話すことができた。教職員が有志で出店を行っているため小さなテントの集まりは顔見知りばかりで、見てまわりながら手伝ったことをぽつぽつと話してくれる尚輝に「お疲れ様です」と労いの声をかけた。
「星の形のものが色々ありますね……」
「天体観測と絡めたかったんでしょうね」
　そもそも星の形とは……、なんて尚輝がぶつぶつ言い始めても時子はニコニコ聞いてくれる。尚輝は安心して思考の海に揺蕩う事ができるのに、今日は珍しくハッとしたようにそれを止めた。
「ええと……こういう時は、可愛いですね……と言うべきですか」
　ちょっと意外な言葉で、時子は目をゆっくり瞬かせる。その反応に、尚輝は苦笑して見せた。
「御巫さんが見せてくれる外の世界は、素敵な物で溢れてると思います。……そこに、現実的な物言いは水を差すかなと、少し」
　難しいですねと頬をかく姿に愛しさがこみ上げる。先生のマイペースな歩調と、それを追いかけていた自分の歩調が、少し合わさったようで嬉しかった。
「……星形のクッキーなんて、特にかわいいと思います」
　笑みを浮かべてそう言えば、尚輝もホッとしたように微笑み返してくれる。
（幸せすぎて、流れ星にお願いすることがなくなってしまいそうですね……）
　そうしてクッキーとホットコーヒーを手に、シートを敷く場所を探すようにグラウンドを見渡す。
　やはり人気なのは障害物のない中央で、機材を持ち込んでいる人が他を邪魔しないようにと端にポツポツいるようだ。尚輝がゆっくり観測を楽しむならどこだろうか、時子が思案していると群をなす前の流星がひとつ。
「そうか、放射点は……なら。御巫さん、こっちです」
　尚輝が連れてきてくれたのは、講堂の近くの大きな木の横。
　木に囲まれているので視界を塞ぐと思われてか、誰もそこで観測しようという人はいなかった。
「流星群の放射点の移動や、街灯がピークの時間には最低限まで消灯されることを考えると、穴場になるかもしれません」
　彼の名案に感心してシートを準備し、並んで座ってみたは良いのだけれど。大きな木が喧噪を遮ってしまうから、本当に尚輝と二人きりのようだ。
　ブランケットを膝に抱え、時子は少し緊張気味に尚輝の顔を覗き込む。
「尚輝先生は願い事……もう決めましたか？」
「そう、ですね……叶ったかもしれません」
「……何をお願いしたか、お聞きしても良いでしょうか」
　コーヒーをすすり、尚輝は少し考える。夜空にはまた、思い出したように走る流れ星。
「こういうことは、ダメと言った方が……格好がつきそうで」
　ダメですか？　なんて笑う彼を、時子は愛おしそうに見つめていた。