両手いっぱいの星空を、きみと｜リアクション

両手いっぱいの星空を、きみと

『休憩時間になったらね』
　勇気を出した綾辻綾花のお誘いを、早川珪は受け入れてくれた。
　屋台を一回り楽しむ時間は十分にあって、南校舎の空き教室で流れ星が見え始める頃になっても珪といられることを、綾花は幸せに思っていた。
　けど、できれば。
　――彼に聞きたいことがある。

「わぁー……」
　流れ落ちる星はたくさんの表現方法があるはずなのに、感嘆の吐息しか出てこない。
　色んな本を読んでも、間接的にその世界に触れても、実際の経験とは比にならない揺さぶられる感情。
　隣で星を眺める珪を盗み見る。彼を前にすると、言葉が飛んでしまうのと似ているかも知れない。
「夢みたいだよね」
　綾花の熱い眼差しに気づいた珪が、ふと笑みを零しながら振り返る。
　その唇を、綾花は覚えている。
「夢みたいに綺麗な流れ星は、燃えつきて消えるかな？　それとも、誰かの心に刻まれるものかな」
　あの突然の出来事のあと、珪は変わらなかったけど。夢ではないと告げる感覚と気持ちを信じたかった。忘れろって言われたって、これは大事な宝物だから。
「消えません！　珪先生とその、一緒に見た星は……忘れません」
「……そっか」
　星空を見上げる珪は、何を思っただろう。
　あのキスを、どう思っただろう。
　それを問うタイミングを、綾花は見計らっていたのだけれど。
「じゃあ、僕もできるだけ覚えてようかな」
「ほ、本当ですかっ？」
　あまりに頭の中で質問を繰り返していたせいか、口から出たのかと思ってしまい、喜んだのもつかの間。
「今日の流星群をね？」
　珪は苦笑を浮かべながらそう言うものだから、綾花は「そうじゃなくて」と口ごもってしまう。
「僕は……『そうあるべき』という考えに従わざるをえないときもある。だから綾辻さんには、綾辻さんの気持ちを、思い出を大事にしていて欲しいんだ」
「私は、忘れなくても……大事にしててもいいってことですか？」
「……うん。そうであれば嬉しいなと思うよ」
　珪は優しい。
　優しいから、相手が傷ついていないかを1番に気にかけてくれる。
　……優しいから、その思い出が壊れないように、何も言ってはくれないのだろうか。
「私は、忘れないけどっ！　珪先生がどう思っているか聞きたいです」
　ハッキリ言えば、思い出が壊れるのかもしれない。それでも、
「あの日の、キス――」
　そっと優しく触れたのは、あの時とは違う温かさを持つ珪の人差し指だったけれど。珪はあの時と同じように、少し困った顔をしていた。
「……学校、だよ？」
　それは確かな線引きのようで、曖昧な答え。学校でなければ、教師と生徒でなければ違う答えをくれると言うのだろうか？
　静かな教室に短い振動音が響き渡る。珪の自由時間が終わることを告げる、同僚からのメッセージだった。
「ごめんね、一旦行かないと……でも、そうだな」
　珪は少し思考を巡らせて「甘いかな」なんて独りごちるような苦笑を漏らした。
「綾辻さんが聞きたい話は、さっきの……流れ星の話とか思い出を大事にって話に置き換えてもらって構わないよ」
「それって、」
　きらりと流れる星は、確かに空にあって。
　それは燃えつきて消えないと自分は答えた。
「今は、これで許してもらえないかな？」
　珪は、覚えていると言った。
　……できるだけ、流星群を、だけれど。
（置き換えていいって、そう――）
　少なくとも、珪の中で無かったことにはなっていない、ということ。
　その事実が、とても嬉しい。
「最後まで付き合えなくてごめんね。……綾辻さん、またね」
「はい！　お仕事頑張ってくださいっ！」
　ぼんやり見送って、ふらりと窓に背を預ける。
（先生にとっても、ゼロじゃない……）
　夢現な、現実の話。

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