反転の逆立ち｜リアクション

反転の逆立ち

　揺らめく大気の中、月原想花はふらふらと歩く。道端の木陰に引き寄せられて何度目かの休憩を取った。
「……この暑さは本当、砂漠と同じだよ」
　Ｔシャツの胸の辺りを摘まんで前後に動かす。
「こんなので涼しくなるわけがないよね」
　ズボンのポケットからハンカチを取り出して額に押し当てる。頬を経由して首筋までいくと、ぐっしょり濡れた。
「異常気象かな」
　ハンカチを丸めて握ると地面に黒い染み跡を作った。
　力なく笑った想花は木陰から出た。重い足取りで歩き、数分で道端の電信柱に肩からもたれ掛かる。
「……どうしてかな。頭がぼーっとするんだよね」
　周囲に答えを求めるかのように目をやる。逆立ちをしている若者がいた。真剣な表情で手を動かす。擦れ違う女性も同じで空に突き上げた足が不安定に揺れている。
「……そういうイベント？」
　二人だけにとどまらない。現れる人々のほとんどが逆立ちをしていた。
「ぼくも、試してみようかな……」
　儚い笑みを浮かべて四つん這いとなった。地面に両手を突いて腰を高くする。
「あとは実行するだけだね」
　一回目は失敗した。蹴り足が弱く、思い切りが足りなかった。その失敗を踏まえた二回目。無事に逆立ちの姿勢となった。
「頭がすーっとするね」
　喜びを含んだ声で改めて出発した。
　苦難に満ちた表情から解放された。軽やかと言える状態で進んでいく。
　その時間は極端に短かった。
「頭は楽になったよ。でもね、腕が疲れてきた。ふらふらする」
　手が思うように前に出ない。疲労で震えて身体が左右に振られる。
「……掌が、燃えるように熱い……もう、無理……」
　四つん這いの姿に戻った。両方の掌を見ると真っ赤になっていた。急いで息を吹き掛ける。
「……また、だよ。頭がぼーっとする。なんなんだよ、これは」
　不満を言いながら逆立ちとなった。ふらふらと進んでは休む。Ｔシャツは汗で身体に張り付いた。
「感触が、気持ち悪い……」
　逆立った髪は汗に塗れてしっとりと濡れた。
「……まだ、着かない」
　両腕が震える。見つけた民家の壁に寄り掛かって休んだ。少し距離を開けたところに男の子がいた。逆立ちをしたまま右手でスマートフォンを操って耳に当てた。
「……信じられないよ」
「母さん？　今から帰るよ……うん、わかった」
　短い通話を終えた。
「ウソ、だよね？」
　想花は男の子の姿を目で追った。逆立ちとは思えない速さで横断歩道を渡る。十字路の一方に入り込み、姿が見えなくなった。
「ぼくだけが、遅い？」
　頭を左右に振った。軽く壁を蹴って一方に進む。勢いはあるが一分と持たない。不満の独り言が多くなる。
「なんでこんな目に、遭わないといけないんだよ……」
　赤信号で止められた。逆立ちの静止は厳しく、四つん這いの姿勢を取った。
「早く変わって、頭が熱いんだから」
　極端に項垂れて対抗した。
　歩行者信号が青に変わる。流れてきたメロディーを耳にして逆立ちとなる。前に進むと苦しそうな声を上げた。
「アスファルトが、熱すぎるよ。ぼくはお好み焼き、ではないよ！」
　底を突きそうな体力で辛うじて渡り切った。緩やかな速度に戻って前進する。
　時間と共に疲労が増してきた。尋常ではない汗を流し、朦朧とした目でひたすら逆立ちを続けた。
「……猫鳴館には……いつ着くのだろう？」
　大気が揺らめく中、想花は感情の抜け落ちた声を漏らした。

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