夏なので、人魚はじめました～寝子島マリンパラダイス～｜リアクション

夏なので、人魚はじめました～寝子島マリンパラダイス～

　カプセルギアのворを水槽の端に座らせて写真を撮る稲積柚春は、当たり前に彼へ微笑んでいた。
（これだけ空いていたら、ворの写真も迷惑にならず撮れるね！）
　こうして特等席の水槽を背景にしたворの写真が撮れるだけでも嬉しいのに、今日はフォトスポットもたくさん用意されているらしい。さすがに彼を着せ替えるような物はないだろうけれど、小物に囲まれたりフレーム近くに置いて撮影したりするのもいいかもしれない。
　……それも、十分に楽しみだけど。
（いない、かな……）
　この夏休みに入って、ウォルター・Bと会わない日はないと言うのは大げさすぎるけれど。夏休みと思えないほどによく顔を合わせていた。
　お休みでゆっくり見て回っていなくても、チラホラといる生徒の見守りを兼ねた先生として来ていれば、一言でもお話しできるのに。
　写真を撮っては金色の髪を探し、フロアを移動しては、あのおっとりとした声音が聞こえないかと耳を立て。運命のように引き寄せられないかと期待してしまう。
「わぁ……！」
　次のフロアは、熱帯魚の水槽の前にフラワーアーチを設置したフォトスポットがあった。
　ちょうど見知らぬカップルが、人魚姫と人間の王子として結婚式を挙げている雰囲気で撮影しているところだ。
（人魚姫の結婚式……そうだよね、悲しい恋ばかりじゃないよね）
　何かを犠牲にしなくても、ありのままで隣に並んで幸せになれる。難しいことだとわかっているから、それが絶対できないと思うのではなく、あったらいいのにと考える。
「タキシード、似合うだろうなぁ……」
　そもそも先生は顔面偏差値がとても高い。これでもかってくらいイケメンだから似合わないはずもなく。
　ほぅ……とフォトスポットの前で立つ先生の姿を思い描く。単身の写真を撮らせてもらえたら十分だけれど、もし手を差し出されて隣に並ぶ事になんてなったら？
「どうしようвор」
　あるわけないと思いつつ、あったらいいなと思ってворに問いかける。彼の表情は変わるはずはないのだけれど、コテッと首が横を向いた。強く振りすぎたのかもしれない。
「稲積どうしたぁ？　困りごと？」
　ворが視線を向けたように見えた先には、探していたけれど今ではないタイミングでウォルターが立っていた。人形を握りしめ、どうしようかとあわあわしているのを見かねて声をかけてくれたのかもしれない。
「こんばんは、ウォルター先生。学校がある時より会える気がするね？」
「ん、こんばんは～。あはは、確かによく会うねぇ」
「これも運命、かな？」
　以前はあるといってくれたけれど、今度はどうだろう。
　ドキドキするのを押し隠して、できるだけ自然に聞いてみた。
「稲積がそう信じるなら、そうじゃないの？」
　なら、と柚春はじっとウォルターの瞳を覗き見る。
「あの『秘密』も……そうかな」
「……どうだろうねぇ」
「話せませんか？　ちゃんと、その……例えば家庭訪問とか」
　ダメなのはわかっているんだ。理由をつけて会える間柄じゃないし、ウォルターに迷惑をかけることになるかもしれない。それでも無かったことにはできなくて、伝えたい思いがある。
「私は……ウォルター先生に、相談したいです」
「そこまで頼りにされちゃ仕方ないかぁ。考えとくね」
「ありがとうございますっ！」
「稲積」
　しぃっと唇に人差し指を立て、静かにするように促される。
　そのスマートな仕草が、秘密ねとも聞こえて思い出してしまうけれど。ドキドキしている間に行ってしまうかもしれない。
「先生、一緒に写真撮りませんか？」
　今は、普通の水槽の前で。『秘密』をとぼけたり忘れてとも言わない『先生』と『生徒』の写真を。