夏なので、人魚はじめました～寝子島マリンパラダイス～｜リアクション

夏なので、人魚はじめました～寝子島マリンパラダイス～

　去年も訪れた夜の水族館。
　普段はガラス越しに見る生き物たちに餌をあげたりもして、有意義な夜を過ごしたものだけれど――八神修は思い出して苦笑する。
　円柱形の水槽の向こう側に七夜あおいがいると思わず、人魚が現れたのかと思ったのだ。
　……そんな彼女が、今は人魚をモチーフにしたドレス選びに夢中になっている。
「わぁ、かわいい～っ！　本当に人魚姫みたい、凄いねっ」
　フォトウェディングと言っても、色は白だけでなくカラードレスもたくさん並んでいて、その中であおいが興味を惹いたのは和柄だった。
「見てみて！　これなんて鯉みたい。こういう人魚もいいよね」
　赤地に白や金で和柄が装飾されていて、さながら色打掛のような雰囲気に修は真剣な顔で頷いた。
（……式は洋装で前撮りは和装、なんてのも……じゃなくて）
　つい描き始めた未来予想図を一旦打ち消し、それでもこっそりエスコートできればと探りを入れる。
「童話の挿絵に慣れていると、思いつかない柄だな。鯉の人魚なら、相手は誰になるんだろうね？」
「人間の王子様だと貴族みたいな人？　確かにお庭で飼ってそうだけど……」
　あおいは「うーん」と衣装を見ながら悩み、さも名案がひらめいたかのように笑う。
「修君みたいな、生き物が好きでお世話をしてくれる人じゃないかな！」
「えっ、」
　着替えてくるねと言い残して更衣室に向かうあおいが視界から居なくなったのを認識し、修は片手で顔を覆う。こんなに真っ赤な顔など、彼女に見せられるわけがない。
（落ち着け、仮定の話だ。鯉の人魚姫が居たらの話で、あおいの話じゃない）
　しっかりめの深呼吸を一つして。修はいつものようにクールな表情で自分のサイズに合う衣装を眺めてみる。
羽織物を借りるだけでも雰囲気が変わるかなと思ったりもしたけれど、特別隣に立つことを約束したわけではない。
　――修君みたいな
　その言葉が、まるで『今の』自分を求められているような気にもなって。
「今日は、このままでいいか」
　然るべき衣装で隣に並ぶのは、然るべき日に。今日の所は、歩きにくそうな衣装の彼女をエスコートするに止めよう。ありのままの、八神修として。
　その後、着替え終わったあおいが下に何も着ていないんじゃと思うような、胸のアンダーが辛うじて隠れる長さの肩だし和柄ケープを羽織ったりしているものだから、あまりの可愛さとセクシーさの共演と、ケープの小悪魔的ひらめきに修の意志の強さが試されていたかどうかは、健全な青少年の心の内だけの秘密だ。

　撮影に思いのほか時間を使ってしまい、マーメイドスイムを楽しむ時間が短くなってしまった。
二人のリストバンドの色が違っていたため、一旦ここで別行動になってしまう。
　バックヤードに入るなどの企画参加は制限があるものの、館内の見学は自由なので、プールを先に上がることになった修は「あおいも来ないか」と誘おうとしたのだけれど……時計を気にする修を見て、あおいは微笑んで告げる。
「修君、いってらっしゃい」
　ドレス姿を見たせいだろうか。そう送り出してくれるのが新婚のようだなぁ、なんて思ったりしたことは、そうなったときに思い出話をするのもいいかもしれない。
「いってきます、あおい」
　また館内で再会したときには「おかえり」と笑ってくれるだろうか。その時自分は「ただいま」と返して、どんな時間を過ごしたか報告するだろう。
　いつの日かは、それが当たり前になると信じて。
　彼女のためにも己のためにも日々の研鑽は怠らないことを、改めて誓った。

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