夏なので、人魚はじめました～寝子島マリンパラダイス～｜リアクション

夏なので、人魚はじめました～寝子島マリンパラダイス～

　和装に洋装にタイミング、その他諸々。繊細なことだと思うから、本人に直接ウェディング姿を見たいだなんてお願いするわけにはいかないけれど、見たいか見たくないかの二択ならば答えは決まっている。
　未来の彼女の姿を想像する鴻上彰尋は、自身に配られたリストバンドを見てため息を吐く。
　去年も参加したので、この色分けでバックヤードの見学時間などが割り振られているのは知っているのだが、声をかけた七夜あおいと別々に申し込んでしまって色が分かれてしまったようだ。
（でも、マーメイドスイムの時間は半分被ってる……！）
　人魚姿の彼女が見られる。ひょっとしたら、人魚の花嫁なんてテーマ性のあるものなら、童話の登場人物になりきろうと誘えば花嫁として隣に立ってくれることも――期待で胸を高鳴らせる彰尋は、スイム体験の衣装を受け取る際「ご希望の色はありますか？」と問われて迷いなく答えた。
　彼女が何色の衣装を着ていても対になれるような、彼女の瞳の色を。

　深い青のマーメイド衣装に身を包み、浅めのプールでフィンの使い方を学べば巨大水槽への出入りは自由になる。泳ぐ前は想い人のドレス姿に浮かれていた彰尋も、こうして水に入れば顔つきが変わる。
　人魚の有名な物語があると言うことは、ミュージカルなど舞台で演じられているということ。実際は紐で釣り上げるなど仕掛けも違うだろうが、最近はアミューズメント施設に水槽を置いて水中アクター扮する人魚と交流できる物もある。
（モノフィンって意外と力を使うな……他人から見て強張って見えないように、もっと……）
　役者を目指す者として、この体験は貴重な物となりそうだ。

　息継ぎのため水面に顔を出すと、あおいが水槽の端で小物を眺めているのが見えた。
　水槽の外にカメラマンがいるので、ここでも記念撮影が出来るらしく色々シチュエーションを想像している様子が覗える。
　ブーケを持ったり、花飾りの腕輪をつけたり楽しむあおいと距離を詰め、彼女がマリアベールを手にした時、チャンスだと思った。
「あおいさんっ！」
　それを被る姿は一番に見たくて、誰にも隣を譲りたくなくて。
「彰宏くん……？」
「俺と……写真撮らない？　童話みたいな世界を一緒に作りたくて」
「ふふっ、よろしくね王子様！」
　ふわりとマリアベールに包まれた彼女は、普段の元気の良さを隠していて、可愛いよりも綺麗という言葉が似合う。
　このままでも素敵だけれど、誘った手前いつまでも見惚れているわけにはいかない。
「水中ウェディングでしたら、こんなのが人気ですよ！」
　どうエスコートしようかと考えていた彰宏にサンプル写真が提示されるけれど……さすがに水着という露出の中、お姫様抱っこやしっかり抱き合って、というのも些か問題がある気がする。
　あおいを見れば、ウェディングとして羨ましい気持ちと、自分がするには恥ずかしい気持ちがあるのだろう。やっぱり少し困ったような照れ笑いを浮かべていて。
「じゃ、じゃあ……これにしよう！　両手繋いで潜るの」
「そ、そうだね！　あおいさん、ベールの固定は大丈夫かな？」
「うん！　せーのっ！」
　潜れば、まるでフラワーシャワーのようにキラキラした魚が周囲を囲んで、ベールが水の中をゆっくり漂う。
　はぐれないようにしっかりと繋いだ手は指を絡め合って。でも、ちょっと油断して腕を引いてしまえば浮力で軽々と近づいてしまう距離に驚いて、そっと離れようとしたりもして。
　つかず離れず。一番難しくて照れくさい距離を維持するのがなんだかおかしくて、二人は笑い合う。
　その笑顔が、素敵な人魚の結婚式の一枚として、スタッフカメラマンによって撮影されていた。

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