【ヒートアップ！】

　寝子島高校女子バスケ部のある一幕、霧生 愛の苦言。
「そりゃお世話になってる高野先生の誕生日をサプライズでお祝いするのはいいですよ、大賛成です。ハッピーバースデーの歌だって喜んで歌うわ、でも事前に何の連絡もなく、当日になっていきなりやれっていうのはどうなんですか？　それに何も、思いっきり練習に打ち込んでへとへとになったところでやらなくてもいいんじゃないですか？　それなら今日の練習は相応のメニューに変更してもらうとか、やりようがあるんじゃないんですか」
　対する先輩、浅見 柚乃の反論。
「私だってずっと前から考えてたし準備もしてたのよ、でも霧生さんいつもつっかかってくるし、練習終わったらすぐ帰っちゃって聞く耳持たないって感じだし、お願いするタイミングなんてなかったじゃない？　今日になってようやく話を聞く気になってくれたんじゃない、それに疲れてるって言ったってそんなに大変なことをしろって言ってるわけじゃないでしょ？　みんなと一緒にちょっと歌うだけじゃないの」
　二人の先輩、おずおずと差し込む羽生 碧南キャプテンの仲裁。
「ま、まーまー！　二人ともそのくらいに、ね！　ほら、二人とも高野先生に感謝の気持ちを伝えたいって思いは変わらないわけじゃない？　いろいろ言いたいこともあるとは思うけど、ここはぐっと飲みこんで高野先生のためにいっしょに頑張ろうよ、ねっ！　だからほら、二人とも仲良く……」
「だいたい浅見先輩っていつもそう、計画性がないんですよ。もっと先のことを見据えて行動してください。いきなり言われたって困ります、心の準備だって必要でしょう」
「霧生さんこそ、少しくらい融通利かせてくれてもいいじゃない。なんでも計画どおりに事が進むわけないわ、臨機応変に対応したり場合によっては自分を曲げる柔軟性だって必要だわ」
「き、聞いて～二人とも～～～！！」
　フォローを入れておくと、柚乃も愛も、常からこんな風に当たりが強いわけではない。ただこの二人、どうにも相性が悪いのだ。
　お嬢さまな柚乃は穏やかな気質で、人当り良く温和な性格だ。それでいて、甘やかされて育ってきた自分を変えるべくスポーツの世界へ飛び込み、己を鍛えようという気概や芯の強さも持ち合わせている。バスケにおいてはキャプテンの碧南からも認められる実力者であり、次期キャプテンの呼び声も高い。
　愛は非常に努力家であり、練習には一切手を抜かない。前向きで真っすぐな心の持ち主で、それ故に周囲とは衝突してしまうこともあるが、真摯にバスケへ向き合う姿勢は誰もが認めるところだ。彼女の高身長は愛のコンプレックスでもあったりするのだが、言わずもがなバスケにおいては恵体であろう。
　表層的にはさておき、本質的にはどちらも負けず嫌いで、そんな二人だからこそバスケ部というコミュニティの中にあって競合・衝突してしまう部分もあるのだろう。
「も～。困ったなあ」
　碧南にとっては、柚乃は自分が見い出した才能とも言えるし、愛のひたむきさは好ましく思える。どちらも今後のバスケ部にとって必要かつ重要な人材だし、できれば仲良くやってほしい。
　碧南は三年生だ。次のインターハイがきっと、最後の大舞台となるだろう。ここまで引っ張ってきた愛着あるバスケ部だから、後輩たちにも同じ想いを抱いてほしいし、憂いなく去りたい。
「あっほら、高野先生来たよ！　練習練習！　終わったら柚乃も愛ちゃんも、お誕生日会、よろしくね？」
「「……は～い」」
　前途多難。確かに愛の言うように、もっと計画性があっても良かったかもしれない。とはいえ彼女らは学生で、勉強もスポーツもと両立する中で限られた予算やら時間やらをやりくりしているのだから、仕方のないところではある。
　それにさっぱりとした高野先生だから、あんまりにも完璧で一部の隙も無いゴージャスバースデーパーティーなど催されても、きっと困ってしまうだろう。
「よーし、みんな揃ってるなー。それじゃ練習、始めるぞー」
「「「はいっ！！」」」
　ともあれ、本日も練習開始だ。体育館に気合の声とボールの弾む音がリズミカルに響く。



　練習が終わると高野 有紀先生が今日の練習の総括をひと言述べ、解散の運びとなるところ、碧南が先生を呼び止めた。
「先生、お誕生日おめでとうございます！」
　すぐさま愛が音頭を取り（やるからには全力でやるタイプなのだ）、部員一同のハッピーバースデートゥーユー！　が体育館に響く。
　先生もにかっと表情をゆるめて、
「おおっ、そういや今日が誕生日だったか。忘れてたよ、カカカ！」
　いつもの男前な笑顔を見せてくれた。
　もちろんプレゼントも用意してある。まずは部員みんなのカンパで購入した花束を、碧南がうやうやしく贈呈する。
　続けて柚乃が先生へ手渡したのは、ラッピングされた小箱だ。
「いやあ、嬉しいよ！　開けてもいいかい？」
「はい、もちろん。今年のプレゼントは、新しいホイッスルです」
　真新しくぴかぴかのホイッスルだった。高野先生はさっそく自分の首にかけ、ご満悦。ずいぶん前から、使っているホイッスルの調子が悪いと言っていたのだ。
　ぴいっと吹くと、実に小気味よく鳴った。なんの変哲もないホイッスルだが、先生はいたく気に入ったらしい。
「ありがとう、みんな！　大事に使わせてもらうよ」
　まるで純真な少年のように澱みない満面の笑顔。どうやら今年の誕生日も喜んでもらえたようだ。碧南はほっとして、部員たちも明るく黄色い声を上げる。
　満ちるお祝いムードに、この時ばかりは柚乃も愛も思わず、手を取り合って喜んだ。



　その後はみんなで焼肉屋へ。高野先生を歓待し、部員たちの英気を養うのだ。
　せっかくなのでお店を貸し切って、大いに騒ぎながら、大いに食べ、楽しむことにした。
　……までは良かったのだが。
「だからっ、浅見先輩のプレイには積極性が足りないんですよ！」
「慎重に状況を見極めて臨機応変に対応することの、どこが悪いの！？」
「……また始まってしまった」
　思わず碧南もため息をもらす。
　典型的スポーツ少女、愛の気性の激しさはこと試合においてはメリットと働くことも多いが、協調性には若干難アリ。おっとり気質で部員間の和を重視する柚乃はいずれチームを導いてくれるはずだが、彼女は彼女で負けず嫌いが顔を出し引っ込みがつかなくなることもある。どちらも少しの冷静さやチームワークが身につけば、一皮むけて素晴らしい選手になれるだろうし、寝子高女子バスケ部の次代を担うにふさわしい二人なはずなのに、顔を合わせれば衝突してばかり。実に惜しい。
　それに彼女たちの言い合いときたら、食事中にはいささか消化によろしくない。
「私ももうすぐ引退だっていうのに、先が思いやられるなあ……」
「いやいや。頼もしい後輩たちじゃないか？」
　いい具合に焼けた肉を豪快に口へ放り込み、カカカ！　と高野先生。
「なーに、心配するな！　浅見は責任感が強いから、キャプテンになれば自然とみんなを引っ張っていけるようになるさ。その頃には霧生だって、チームに一番大切なものはなにかってことに気づけるはずだよ」
「そ、そうでしょうか？」
「そうともさ。それにね、そんなあいつらをここまで導いてきたのは、もちろん」
　ぴん、と先生の指が優しく、碧南の鼻先を小突いた。
「羽生、お前なんだぜ。自信持て！　な！」
「は、はいっ」
　どこまでも男前な先生はおもむろに立ち上がると、まわりも顧みず口論に忙しい二人の間にどっかと割り込み、まとめて肩を抱き寄せた。
「せ、先生……！？」
「よしよし、いーい闘争心だ！　でも、こんなところで発散するのはもったいないだろ？　そいつは次のインターハイまで取っとけ！　な！」
　さしもの二人も、先生にそうと言われてしまってはぐうの音もない。主賓であるはずの先生そっちのけでケンカをしていたことにもようやく思い至ったらしく、二人は顔を赤くしてしゅんと縮こまってしまった。
　けれど、と、碧南は思う。
　確かにそう。今はなにかとぶつかりあっていても、きっとお互い分かり合って手を取り合う日がやってくる。きっとそう。だって二人とも、本当はとっても良い子だから！
「柚乃。愛ちゃん」
「あ。先輩……」
　神妙な顔をした愛も柚乃も、碧南にとっては素晴らしい後輩なのだ。
「もうすぐ、私の最後の大会がやってくるから。二人とも、私を助けてね。よろしくね？」
　８月。バスケ部三人娘にとって、きっと、人生で一番アツい夏がやってくる。