ハッピーバースデー！　８月☆｜リアクション

ハッピーバースデー！　８月☆

【お兄様のキモチ】

「……ふあっ」
　ベッドにこてんと寝ころんだまま、気づけばよだれが一筋口元を伝っていた。もう高校二年生だというのに、ハシタない。ティッシュでふきふき、愛猫萌々子は誰ともなく顔を赤らめた。
「っていうか、朝！？　ね、寝ちゃいました……！」
　悶々として悩み決断を遅らせているうち、うっかり眠り込んでしまったらしい。
　痛恨のミス。当日でなければ意味がない……こともないけれど、やっぱり気持ちの入りようが違ってくるというものだ。
「いえ、そう。向こうには時差があるはず。まだ向こうは当日……！」
　もはや迷っている暇はない。スマホを引っつかみ、べべべべっと番号を叩き込む。
　呼び出しをやきもきとしながら待つと、やがて聞こえてきた眠たげな声にかぶり気味、思いのたけを振り絞るように、萌々子は告げた。
「お兄様っ！　萌々子です！　お誕生日、おめでとうございますっ！」

　誕生祝いのひと言を贈るにもためらっていたのは、アメリカにいる兄・愛猫公英への国際電話なものだから、うっかり長話でもしようものなら通話料がヤバイ。
　からではなく、まあちょっとしたことで、萌々子の思いを一方的にぶつけてしまったことを悔いていたがためだ。
　しかしながらどうやら、それも杞憂であったらしい。
『おお、ありがとな萌々子！　そっか、俺、誕生日か。練習に没頭してて、すっかり忘れてたよ。ははは』
「あ、あの……お兄様。怒っていませんか？　この前はその、偉そうなことをまくしたててしまって……」
『ん？　あー、なんだ。そんなこと気にしてたのか？』
　彼は彼のまま、けらけらと笑い飛ばしてくれた。もとより萌々子の気遣い、気配りがゆえの言葉だったのだから、兄にはしっかり伝わっていたのだろう。
『お前があの時ああ言ってくれたからな。俺も、話してみることにしたよ。次に日本に帰った時にでも、さ』
「えっ。お、お父様とですか……！？」
　兄妹と父との確執は決して浅いものではなかった。萌々子だって、それを乗り越え関係の軟化に繋がるにはちょっとしたきっかけがあってのことだったから、公英にもそういった機会を提供できればと思っていたのだ。
　まさしく自分の言葉が兄の決断をうながしたと知って、萌々子は少しばかり涙した。
『お前のおかげだよ、萌々子。ありがとな。ま、実際会って話して、そこからどうなるかは分からないけどさ』
「良かった……それじゃ、日本に帰ってくる時は教えてくださいね。先輩のことも紹介したいですし」
『ああ、もちろんだ。ん？　先輩？』
　思わず口から漏れたが、そういえば兄に伝えることがあったと萌々子は思いだした。
　これがなんとも、嬉しい報告なのだ。
「実は今、お付き合いしている男性がいまして。同じ学校の先輩なんですが、とっても良い人なんです。お兄様とも気が合うと思いますよ、ふふ。帰国した時にでも紹介しますね……あれ、お兄様？　聞いてますか？」
『……あ、ああ。そいつはまた……ビッグな誕生日プレゼントだぜ……』
　電話のむこう、兄がショッキングな知らせにフリーズしていたことを、妹は知る由もなかった。

　後日、シンガーソングライター『D.D.Leo』が新曲を発表。失恋の悲しみと愛した女性の幸せを願う繊細な男心を歌ったラブソングは、胸をえぐるような切ない歌詞や鬼気迫るギターテクが好評で最大のヒット曲となったが、そのモチーフが彼自身の燃え上がるシスコン・ハートそのものであったことを知る者は少ない。たぶん。

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