怪異は招く｜リアクション

怪異は招く

　マラソンに適した服装で光村日向は歩道をのんびりと走る。一歩毎に赤い髪が揺れ、細かい汗を飛ばした。
　青い瞳はどこかぼんやりとしている。
　――人生の岐路って言うのは大げさだけど、そろそろ決めないといけない。僕の希望としては大学に行きたいと思っているけど、家計の負担を考えると少し迷ってしまう。正解はあるのだろうか。
　いつもの道を走っている。急に道を外れたくなった。分岐の一方に決めて足を速める。
　景色が変わった。目に優しい新緑に包まれた。物珍しそうに見回して進んでいく。
「あれは」
　落合まゆらが突っ込んできた。日向は歩道の端に寄る。突風の状態でまゆらは駆け抜けていった。
「あれも練習なのかな」
　心配そうな口調のあと、しっかりと前を見て走った。
　道なりに進むとトンネルが見えてきた。真っ黒だ、と見た目の印象を口にした。走る速度を僅かに落とす。
「薄暗いな」
　人気のないトンネルに声が響く。
　――さっきの人の走りと、このトンネルは何か関係があるのかもしれない。
　走るペースは変わらず、目の警戒を強めた。
「ひゃ！」
　上からの水滴は想像していなかった。首筋を撫でながら苦笑いを浮かべた。
「ねえ」
「これって……」
「ねえ」
　走る速度に合わせて呼び掛ける声が付いてくる。素早く左右を見ても人の姿はなかった。
　――さっきの人もこの声に驚いたとか。幽霊みたいだけど、あやかしかもしれないね。ただ、原因については少し気になるね。
　驚いた様子はほとんど見られない。落ち着いた状態で足音を響かせた。
　前後が薄闇に覆われた。急激に走る速度が上がる。気になる事象に出くわしたことが引き金となり、無意識のろっこん『瞬きの時かけ』が発動した。
　ほんの僅かな時間、過去へと戻る。安定しない精度で断片の形で現れた。
　薄暗い内部で故意に轢かれた女子高生。百鬼夜行がトンネルを横切る。はぐれた子供のあやかしが内部に残り、訪れる人々に悪戯を始めた。
「……そうなんだ」
　理解した日向は周囲を見ながら走る。
　――目には見えないけど、悪意は感じられない。迷子みたいなものだから直にいなくなるのだろう。僕が何かする必要はないね。
「ねえ」
　その呼びかけに日向は幼い子供に向けるような笑みを送った。
　トンネルを抜けた。カーブミラーが目に留まる。近くに落雁の菓子が供えられていた。
「これが、そうなのか」
　日向は足を止めて道端に目を向ける。見つけたスミレを手で適当に摘む。黄色い花弁を開かせた弟切草を周囲にあしらい、一束の花を完成させた。
　――彩りもあって出来は悪くない。お供えしても大丈夫だろう。
　置かれた落雁の近くに花束を置いた。
「ありがとう」
　風に紛れた感謝の言葉に日向はにっこりと笑う。
「ここのルートは初めてだけど、自然があっていいね。また走りにくるから」
　どこにいるかもわからない相手に日向は軽く手を挙げた。爽やかな笑みで練習を再開した。
　小さくなる背中に五十鈴は手を振った。
「今日は良い日になりました」
　薄青い空を見上げて柔らかい笑みを浮かべた。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
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　暑い夏に相応しい涼を運ぶシナリオとなりました。いかがでしたでしょうか。
　トンネル内部にいた怪異の正体はリアクションで明かされました。
　いつまでもいる存在ではなくて、気分次第でいなくなることも考えられます。
　ぞろぞろと通過する場所らしいので、また新たな怪異が居つくかもしれません。
　そうなれば話は広がりを見せて、より奥深い展開に期待ができるかも。
　とにかく今回のシナリオは大事にならずに無事に終わりました。
　多少、怖い目に遭った人もいましたがトラウマになることはないでしょう。

　最後になりました。シナリオに参加していただき、誠にありがとうございました。
　今後もよろしくお願い致します。

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