猫又川納涼床でひ～んやり｜リアクション

猫又川納涼床でひ～んやり

●好きな人と涼しいひと時を

　三折部朝衣は今年の春、町長秘書に。
　その日から多忙続きで上司より先に出勤し、退勤するのは上司よりも後だ。
（金曜日の夕方、早く仕事が終わるといいんだけど……）
　その日は、彼氏の住沢遥人と猫又川納涼床に向かうことになっている。
　どうなるかと不安だったが、中沢町長が早めに帰宅したので彼女もほぼ定時で上がれることに。
　寝子島町役場を出ると、早足で待ち合わせ場所のシーサイドタウン駅前へ。
　遥人は朝衣と同じサーフィンを趣味とし、シーサイドタウンにある洋食レストランのシェフを勤めている。
「今日はお店は？」
　そう聞くと、同僚が厨房に入っているそうなので代休が取れたという。
「納涼床へ行きましょう」
　待ちきれないといった様子の朝衣は遥人の手を取り、猫又川に向かい歩き出した。

　納涼床には、涼を求めて様々な客が訪れていた。
「浴衣をレンタルしているのね。浴衣姿のほうが雰囲気出ると思わない？」
　ということで浴衣を借りることに。
　朝衣は白地に墨汁で書いたようなぼかし紫陽花柄の浴衣を選んだ。
　しっとりと上品で落ち着いた雰囲気の浴衣が良く似合うと遥人に言われたので、少し照れた。
「遥人もその浴衣、よく似合うわ」
　彼が選んだのは縦にうっすらとラインの入った黒の浴衣。横のボーダー入りの白い帯。
　横のラインが強調されたことで恰幅の良い男性を演出。
　丈感は短めで清涼感を押さえているといったサーファーならではのチョイスだった。

　お座敷に座ると、まずは麦茶を飲んで涼む。
「ねえ、川のせせらぎってこんな音をしてたのね」
　波の音とは違う水音は、どことなく落ち着くようで心地よい。
　肩を寄せ合い、遥人と耳を澄まして川のせせらぎを楽しむ。
　仕事帰りということもあり、朝衣はお腹がすいてきたようだ。
　何か頼もうかと遥人が言うので、それじゃ……と冷やした日本酒と海鮮冷やし中華。
　ハモの梅肉和えにアユの塩焼きなどといった季節の料理を注文。
　運ばれた後は、２人で分け合って食べる。
　アユの塩焼きは塩加減が良く、ハモの梅肉和えは食欲をそそる。
　海鮮冷やし中華はほどよい冷たさなので、暑い夏にはもってこいだ。
　シェフということもあり、遥人は食べるたびに料理をじっくり見てから食べている。
「こんな風に過ごす夏も悪くないわね」
　サーフィンで気持ち良く波に乗るのもいいけれど、それとは違った雰囲気がここにある。
　他愛のないことを話しながら、朝衣は、しみじみとそう思うのだった。

　注文したものを食べ終えた後、デザートに子猫の海水浴をいただいた。
　その頃にはほとんどの店が店仕舞いしていたので、名残惜しそうにその場を後にする。
「また今度、機会があったら行きたいわ」
　青いサーフィンウェット姿の子猫が白いサーフボードに乗ってサーフィンをしているミニフュギュアを手にし、朝衣は彼氏と涼しい雰囲気を楽しみたいと思った。
　２人で海を満喫するのもいいが、たまには和の趣で静かに過ごすのも悪くない。
　彼氏とここに来てよかったと納涼床で過ごしたことを振り返りながら、朝衣は家路についた。

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