南紀白浜を臨海学校で味わい尽くす！｜リアクション

南紀白浜を臨海学校で味わい尽くす！

　梓智依子はアキレス腱を伸ばす。ラフなＴシャツとショートパンツ姿に気合の一端が見え隠れした。軽く跳んで全身に適度な刺激を与える。
　その姿は一目を引く。見た目の美しさに加え、手足が長い。身長は高く、百七十の後半はモデルを彷彿とさせる。
「同じ一年に見えないよね」
　目にした月原想花は不満を口にして何度目かの溜息を吐いた。
「そんなことより、競技だよ。眼鏡を掛けた状態で頭から滑り込むなんて無理だよね。だけど眼鏡がなかったらフラッグが見えなくなる。どうしたらいいのかな」
　心の中の不安が溢れて独り言が止められない。通り掛かった桜井ラッセルは笑顔で近づいてきた。
「俺も初めてだけど、何とかなるって。お互い、頑張ろうぜ！」
「あ、はい。頑張ります」
「思い切りやったら、大抵のことはどうにかなるもんだぜ」
　ラッセルは親指を立てて笑った。想花は小首を傾げるような形で弱々しい笑みを返した。
　程なくして想花はスタートラインに立った。他の女子と同じように腹這いの姿になる。
「……無理だよ」
　独り言の合間に笛が鳴った。
　想花は完全に出遅れた。立ち上がってフラッグに目を向けると女子達は低い姿勢になった。追い掛けたが滑り込む間もない。あっさりと敗退が決まった。
　昨日の疲れが残っているのか。早々にホテルへ引き上げた。遠泳に備えて眠り、体力の回復に努めた。
「ビーチ・フラッグスね」
　篠原翠響は白熱する競技を眺めながら手足をぶらぶらさせた。決勝の二人は僅差の勝負となった。手の長さで優ったバレー部員が辛くも勝利を掴んだ。
　次の競技には翠響が参加となった。スタートラインに向かう途中で目が捉える。
「あれでも一年なのね」
　智依子の身長は際立って高い。不敵に笑うと翠響は逸早く腹這いの姿勢を取った。瞼を閉じて寝入っているかのように集中力を高めていく。
　全員が同じ姿勢となり、笛の音を待つ。
　周囲の声援が小さくなる。狙ったように甲高い音が鳴った。
　翠響の反応速度は他を圧倒する。ポニーテールを鞭のように撓らせて回ると瞬時に走り出す。新体操で鍛えた走力でフラッグを引き抜いて軽く流す。後ろを振り返ると智依子が身長を活かしたヘッドスライディングでフラッグを手にした。
　競技は繰り返される。一人、また一人と脱落して二人が勝ち残った。
　翠響は隣の智依子を見て小声で言った。
「勝負よ」
「そうね」
　柔らかい笑みで応じた。
　二人は同じように腹這いとなった。
　一瞬の静けさが訪れる。その中、笛の音が際立った。
　弾けるように二人は立ち上がる。素早く回った翠響が先に飛び出す。追い掛ける形となった智依子は広い歩幅で距離を詰めた。
　二人は同じような格好で滑り込み、利き腕を伸ばした。砂煙の中、翠響が真っ先に立ち上がる。掲げた手にはフラッグが握られていた。
「遠泳前のウォーミングアップにしてはハードよね」
　屈託のない笑顔に向かって智依子は心からの拍手を送った。