南紀白浜を臨海学校で味わい尽くす！｜リアクション

南紀白浜を臨海学校で味わい尽くす！

【Ｂ】二日目
　初日のバスの長距離移動が堪えたのか。ホテルで夕飯を済ませるとほとんどの生徒は割り当てられた部屋で早めの就寝となった。
　翌朝、軽い朝食を済ませると全学年は海へと向かう。歩いて十分も掛からないところに三日月のような形の白い砂浜が広がる。
　白良浜海水浴場は朝方もあって人は疎らであった。
「海だー！　白い砂浜だー！　これが和歌山だー！！」
　雨崎荒太郎の喜びの絶叫は多くの人の目を集めた。直後に不信感を募らせる。見間違いと思ったのか。頻りに目を擦る女性もいた。
　荒太郎は厳めしいサングラスを装着してジャージを羽織る。右手には竹刀を持ち、鬼コーチを演出した。近くにいた水泳部の顧問、相原まゆは胡散臭そうな横目をやる。
「その格好は何なのよ」
「まー、何事も形から入ることが大事だと思うんですよねー。水泳指導に向いている格好と言いますか」
「わからないでもないけど、ちゃんと指導はしてよね。水泳部の部長なんだし」
「それはもう肝に銘じているんですけどねー。ほらー、血気盛んな高校生でもあるわけでー、こんな海を見せられたら、それはもうー」
　荒太郎の顔が赤らむ。興奮の度合いを示す鼻息が荒くなり、ついには行動に出た。
「海だー！！」
　声を上げて走り出す。砂煙を周囲に撒き散らし、爆走脱衣！　と叫んだ。着ていた衣服は宙を舞い、競泳用パンツ姿で波打ち際を笑いながら突き進む。
「ちょっと！」
　まゆの怒りの声は走り回る荒太郎の耳には届いていないようだった。
　目にした桜井ラッセルは納得した表情で走り出す。
「雨崎、ストレッチの前の走り込みだよな。俺も付き合うよ」
「ラッセルくんもぼくと同じ青春野郎だねー」
　自由な二人を生活指導の吉田熊吉が猛追する。
「はしゃぎ過ぎだ！　このバカタコがっ！」
　巨漢でいながら足も速い。二人は羆に襲われた登山者のように必死の形相で振り切ろうとした。
　その騒動を月原想花は憂鬱そうな顔で眺めていた。掛けていた眼鏡を外して遠慮がちに周囲を見て元に戻す。
「……やっぱりだ。眼鏡がないと何も見えない」
　右斜め前に二人組の女子がいた。身振り手振りが大きく、笑顔が絶えない。話し声も大きくて想花の耳まで届いた。
「今回の遠泳は一キロだって。どう、泳げそう？」
「余裕だね。小学校の時から水泳教室に通ってたし、なんならバタフライで泳いでもいいよ」
「それなら私は背泳ぎにしようかな」
　二人は同時に笑い声を上げて、ウケる、と言いながらハイタッチをした。
　想花は溜息を吐いた。
「……ぼくには、そんな余裕はないんだよね。一キロが遠すぎて想像もできないかな」
　また眼鏡を外した。掌に目を落とす。
「生命線がぼんやりして見えないんだよ。だって一キロだよ？　水泳大会の二十五メートルでも苦しくて、ほとんど覚えていないのに……」
　独り言が止まらない。心に溜まっていた不満が一気に噴出した。
「眼鏡を掛けて泳げたらいいのに。コンタクトをすれば解決するんだろうけど、異物を目に付けるなんて無理だよ。物凄く痛くて目が開けられなかったら、見えないのと同じだよね」
　想花の悩みは尽きない。

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