火曜日の屋上｜リアクション

火曜日の屋上

　下校時刻が迫り、日が暮れてきた。

　御剣刀と橘千歳は、屋上で夕陽を見ようと階段をのぼっていた。
（なんだろう……あとで届ければいいか）
　刀は途中に落ちていたモノを歩きながらサッと拾った。
　今から女子と「デート」に行こうというときに、普段の彼ならあり得ないことではあったが、神魂の影響だろうか、しっかり手に持っていた。
　おっぱいマウスパッドを。
　
　その頃、屋上ではビニール袋さんの暴走が留まるところを知らず、
「こ、これがおっぱいマウスパッドだ！」
　と智瑜のおっぱいをむんずと掴んで何かをダブルクリック――
「あああ～」
「おおお～」
「ファッファッファッ」
　思わず声をあげる面々だが、

「静粛に！」

　何故か普段の桐島が一瞬だけ戻った。
　先生の一言は、変人にも変態にも響いたようだ。
　これ以後屋上では、無言でおかしな行為が行われる、というますます異様な光景が広がっていった。

　そのとき、塔屋は開いた。
「ほら、あっちだ」
　塔屋をあけてすぐに夕陽が目に入った刀は、指を差した。
「きれい……」
　千歳も眩しい夕陽に目をやった。
　二人は先住変態民族が無言でうごめいている中を、そのことに気づかぬまま、フェンスまで歩いていった。
　夕陽は二人をやさしく、しかし激しく包みこむように眩しく輝いていた。
　千歳はその美しさに胸をうたれながら、たまに聞こえてくる女子生徒の声に思いを馳せた。
（刀君は、よく来るのかな。誰か、女の子と……私の知ってるあの子かな）
　夕陽がほんのりと赤く千歳の頬を染めて、刀はその横顔にドキッとしていた。
（なんだろう。なんというか、不思議な気持ちだ……）
「え、なに……？」
　自分を見つめてくる刀に気づいた千歳は、ますます頬を赤く染めた。
　刀はそっと千歳の頬に手をあてる。
　千歳は目を逸らそうにも逸らすこともできず、ただただ胸のドキドキが勢いを増していく。
　刀は、千歳の耳元でそっと囁いた。

「千歳……おっぱいを揉ませてくれ」

　そのとき、神魂の影響がぴたりと止まった。
　おかしな行為をしていた面々は我に返って、目の前の二人に注目した。
（今、この男はなんていった？）
（たしか「おっぱいを揉ませてくれ」と言ってたような……）
（男子ってこれだから）
　千歳は、刀にやさしく微笑んだ。
「なに？」
「はっ！　ち、違う。今のは俺の本心とは違うんだ。神魂なんだ！」
　と力説しながら、千歳の目の前で振り回していたのは、おっぱいマウスパッドだった。

「こ、こ、この痴れ者がぁーッ！！！！！」

　千歳の渾身の右フックが炸裂し、変態野郎は夕陽に向かってとんでいった。
　しばしの静寂のあと、下校の鐘が鳴り響いた。

　キーンコーンカーンコーン。

　遠くからは部活帰りの生徒たちの声が聞こえてくる、いつもの屋上だ。
　桐島は静かにおっぱいマウスパッドを拾い上げると、
「下校時刻だ」
　とだけ言い残して、去っていった。

　夕陽が、とても美しかった。

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