火曜日の屋上｜リアクション

火曜日の屋上

「男の娘？」
　思わず立ち上がり、スケッチを始める四月。
　解放された下心は、意識朦朧としたまま修、いや修子の前にふらふらと向かっていった。
「おっぱいを……揉ませてください」
「横嶋……だよな？　何言ってるんだ？」
　修子は自分の姿に気づいてないのか、下心のお願いにただただ困惑していた。
「お願いです。揉ませてください」
「変態……なのか？」
　やはり神魂の影響は計り知れない。
　八神修、いや修子にしては、あまりにも愚問だ。
　質問の答えは火を見るよりも明らかだ。
「はい、変態です」
　そう答えると、下心は修子の「おっぱい」を、もみもみもみもみもみ！
「あ、ああ～……って、ん？　ななななにぃー！」
　修子はもみもみされている自分の「おっぱい」を見た。
「む、胸があるだとー？」
「いえ、お待ちください。これは胸ではありません」
　妙に冷静な下心により、胸がニセモノであることが明かされた。
　神魂のアホアホエネルギーはどんどん強く激しくなっており、ついには修が気づかぬうちに男の娘になっていたのだ。
「まさか、我々の仲間だったとは驚きです。ようこそ……」
　いつの間にか現れた紙袋さんと二人でバシッとポーズを決め、
「Pink Erotic Commandoへ！」
「待て！」
　握手を求めて差し出してきたＰＥＣの手を、必死に払う修子。
　その瞬間、おっぱいが大きく揺れて、シャツのボタンがバチンと飛んでいく！
　中からは、かなりリアルなおっぱいが……
　たゆん。
　たゆん。
　たゆん。
　さわっ。
「さわ？」
「ファファファ……かなり本格的だな」
　と触って確認する紙袋さん。
「髪の毛も高級品ですね」
　とカツラを撫でる下心。
「髪もか！」
　慌ててカツラを取りながら、首を大きく振る修。
「ち、違う。こ、こ、これは何かの間違いだ！」
　神魂の仕業に違いない、と分析していても、午後の授業はやってくる。
　
　キーンコーンカーンコーン。
　
（マズい～！）
　修子はその場に落ちていた誰かの上着をパッと掴むと、胸を隠して猛ダッシュ。
　なんとか授業に間に合うところはさすが修子だが、胸を隠して尻隠さずとは、昔の人はよく言ったものだ。
　足元がスースーすることに気づいたのは、授業が始まってからだった。
（まさかこの服装は……！）
　もちろんスカートだ。
　この日、午後の授業はクラスを問わず１年生が受ける数学の授業だ。
　無駄のない動きで黒板に数式を書き込んでいた桐島先生が、クルッと振り向いて教室を見渡した。
「！」
　ドキッとしたのは、修子だけではなかった。
　その斜め後ろにいる宮祀智瑜も、心臓が高鳴っていた。
（今、私を見ましたよね……？）
　智瑜は桐島先生に恋していたのだ。
「次は65ページだ」
　教科書をめくるだけの動作が、智瑜には輝いてみる。
（桐島先生……素敵です！）
　と、そんな智瑜の目に、おかしな姿がとびこんできた。
「！？」
　思わず机をガタッと動かし、目を逸らす智瑜。
（男子なのに女子の格好？　変態？）
　しかし、もう一度よく見るとフツウの女子生徒が真面目に授業を受けているだけだった。
（あれ、気のせいでしたか……）
　修子は、とっさにカツラを装着し、女子として振る舞うことで難を逃れたのだった。
　さすがの対応力だが、桐島先生はその様子をしっかり目に焼き付けていた。

　桐島先生は授業を終えると、修子の前にやってきた。
「なかなかいい身体をしているな……」
「先生、これには深い深い訳があります。実は――」
「放課後、屋上にきなさい」
　他の生徒の前で何か言われるよりはマシだと思った修子は、大人しく従うしかなかった。
　二人が話す様子を、智瑜は嫉妬に燃える目で見つめていた。
（何を話してるのかしら……とにかく、桐島先生のおしりは、私が守りますわ！）
　その手には、裁縫セットを握りしめていた。

このページにイラストを設定する