火曜日の屋上｜リアクション

火曜日の屋上

　下心は、女子がきたからには歌など歌ってはいられなかった。
　そう、もっと大切な、やるべきことがあるのだ。
　さっと塔屋を降りると、凪の前に滑るように駆け寄り、紳士的にその手をそっと取った。
「…………何……？」
　戸惑う凪の目を、下心はじっと見つめて顔を近づけていく。
　凪は下心の下心を察し、かろうじて拒んだ。
「か、彼氏……が……いる…………唇は……」
　下心は静かに首を横に振ると、爽やかに微笑んだ。
「おっぱいを揉ませてください！」
「……どうぞ…………」

　２人の「才能」が出会ったとき、奇跡は起こる。
　火曜日の屋上に、おかしな空気が漂いはじめた……。

　そのときだった。
　バーン！　と大きな音を立てて扉があくと――

　そこには、厳格なことで知られる桐島義弘先生が立っていた。

　桐島先生は厳しい目つきで下心を睨みつけると、かかとをカッカッカッと鳴らしながら歩み寄った。
「おっぱいならここにあるぞ！」
　どこに持っていたのか、サッと取り出したのは、おっぱいマウスパッドだ。
　桐島は、それを下心の顔にぐいぐいと押しつけていく。
「き、桐島……先生……？」
　さすがの下心も、桐島先生の突然のご乱心に戸惑い、やられっぱなしだ。
「う……うぐぐ……」
「どうだ、おっぱいはいいだろう……」
「は、はい……ぜひ、我がＰＥＣに……」
　おっぱいマウスパッドを押しつけられて呼吸もままならない下心は、薄れゆく意識の中で桐島をＰＥＣに勧誘しいた。
「いいだろう、これがいいんだ。この良さが、……泉先生にはわからぬのだー！」
　その言動は、教師としては非常によくないと思われるが、神魂の影響なので仕方がない。
　不覚にもおっぱいマウスパッドで「圧死」した下心は、その場にごろんと転がった。
　桐島は映画で見たガンマンのように、おっぱいマウスパッドにふう～と息を吹きかけると、スチャッとベルトにぶらさげた。
　そして、呆然と見ていた凪の目をキッと見つめると、いつもの厳しい声で一言発し、去っていった。
「授業中だ」
　凪は、置いてけぼりの展開に落胆していた。
「……私は……？」
　しかし、彼女はまだ屋上を降りようとはしない。
　彼女の本能が、これから起こる何かを感じ取っていた。
「これから……だわ……」
　その通り、これからである。
　
　桐島と入れ替わりにやってきたのは、ロベルト・ルスラーノヴィチ・エメリヤノフだった。
　体をのばして、ゆっくり深呼吸する。
「ふう～。新鮮な空気はいいね」
　ロベルトは遠くを見つめて爽やかスマイルを決めていた。
　いや、違う。
　正確には、爽やかスマイルを決めているつもりで、完全なる変態スマイルでキマッていた。
「うふふふふふ」
　湧き上がる変態力を抑えることができない彼は、爽やかなつもりだけど実際には血走ったその目で周囲を見渡した。
　ドキッとして期待する凪を通り越して、その向こうの少年に目が留まった。
　そう、何かの間違いと思っていたので言及しなかったが、屋上にはずっと前から反復横跳びを繰り返している変人小津秋吉がいたのだった。
「ふはははは。おれがいっぱい見えるだろう。ふははは。もうおれは、１人なんかじゃない～」

「……ま、まだなの……？」
　１人の凪は、肩を落とした。

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