星の願いはきらめいて｜リアクション

星の願いはきらめいて

　そのＯＬは、重いバッグによろめくように歩いていた。
　一人暮らしのアパートまではまだ遠く――そして、帰宅したとしても、風呂も食事の準備もできていない。
　公園の花壇を囲むレンガに腰を下ろし、ため息。
「あったかいごはんが食べたいなぁ……」
　そう呟いた時。
「にゃーん」
　ストッキングの足に、柔らかいものがまとわりついてきた。三毛猫だ。
「可愛い猫ちゃんね」
　喉を撫でると、フルートの音と共に霧が立ちこめてきた。猫は閉じていた目を開く。
「にゃん」
　猫はちらちらと彼女を振り返りながら、霧の中へ進んでゆく。立ち止まったのはしゃれた小料理屋の前だ。『営業中』と『お品書き』の看板が出ている。
「えっと……肉じゃが、手作りぬか漬け、日替わりお味噌汁（サバ缶）他にも色々……かぁ」
　サバ缶の味噌汁は、実家の母の得意料理だ。甘い脂の浮かぶ熱々のそれを思い出し、空腹も手伝って、店の引き戸に手をかけた。
「いらっしゃいませ」
　三毛猫と共に足を踏み入れると、迎えてくれたのは割烹着姿の可愛らしいおばあちゃんだ。女将というやつだろうか。猫が店内のベッドにおさまるのを横目に、お品書きにあった三品と、白いご飯を注文する。
　座ったカウンター席からよく見える場所には『魔法少女ミスティックアリア』のフィギュアと共にテレビが置いてあり、アリアのアニメを流している。
　ぼぅっとテレビを眺めていると、だしの香りが漂ってきた。
「お待たせいたしました、お客様」
「ありがとうございます。こんなあったかいご飯、いつぶりだろう」
　出来上がった料理を受け取り、まずは味噌汁を口に。
　味噌とネギが香り、サバの脂とワカメの歯ごたえを飲み込んだ時には既に、子供の頃のような気持ちになっていた。
　中まで味が染みた肉じゃがは、肉が多めだがしつこくは感じない。キュウリ大根にんじんと三色揃ったぬか漬けは、箸休めにぴったりだ。
「あらあら、大丈夫？」
「あっ……すみません」
　気づいた時には涙があふれていた。女将が渡してくれたティッシュで拭く。
「わたし……製薬会社で営業やってるんですけど、なかなか成績上がらなくて。つまらないミスばかりしちゃうし」
　上司が自分のミスをフォローする為に方々で謝罪をしてくれている事が、申し訳なくてたまらないのだと、気づけば話していた。
「一人前になるまで、実家には帰らない！　と思ってたんですけど、なーんか最近疲れちゃって」
「まぁ。大変だったのねぇ」
　女将はただお皿を拭きながら、料理の準備をしながら、彼女の話を聞いてくれた。
「なんかここのお料理食べたら、実家に帰ろうかなーって思えてきたので、今度休みを貰って帰ろうと思います」
「そうなの。きっとお母様も心配してらっしゃるでしょうね。頼って貰えたら嬉しいに違いないわ」
「ありがとうございます」
　彼女はスマホのカレンダーに『有休をもらう』と入力すると、女将の笑顔と共に食事を終え、店を後にした。

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