夏の夜の読書会｜リアクション

夏の夜の読書会

　
◆月原想花の場合。

　ドリンクバーから入れてきたソフトドリンクをストローでズズーっと吸い込み。

　頭には野球帽、白いパーカー、そして無地の青紫のタンクトップ。それからスキニーにスニーカーという軽装にリュックを肩に引っ掛けて店に来たのは、断じて身バレを恐れたからじゃない、と月原想花は考える。
　期末テストも近いこの時期に、ほんとはこんなことやってる場合じゃないだろ、というのは重々承知。きっと誰に訊いたってそう言うと思う。

　だって、追試受けるような身だし。下手すると悪夢の中間テスト補習プレイバックとゆーか、パート２とゆーか。
　そもそも犬小屋補修って何だよ！？
　と、今でもあれには納得していない。

　そうだ、余裕なんてないのだ。今からでも遅くないから帰って勉強するべき！　と頭の中の天使は言う。
　だけど、と頭の中の悪魔はささやく。
　ワクワクするだろう？
　今、すっごく楽しい。やばいくらい楽しい。なんだかとっても解放された気分？？？

　いやマジでそう思ってもしかたないと思う。何しろ猫鳴館は、ただでさえボロくてじめじめしてて、夜になっても暑さは昼間と大して変わらず、ロクな勉強もできやしない。
　ギブ！　もっと勉強に集中できる環境！（机バンバン）

「……ふぅー」

　だから、今ぼくがここでこうしているのも情状酌量の余地ありってことでー。
　うん。よし。理由付け完了。
　きっとみんな、ぼくがここにいるってことに気付いても、「しかたない」って思ってくれるよね！

「ぼくがおすすめするのは、この本、です！」

　想花は立ち上がり、かばんから取り出した絵本を両手で前に突き出した。
　何度も何度も読み返されたのがわかる、本の端々についた傷みで、本当に彼女がこの本を好きなのだというのが見ている人たちにもわかっただろう。

　それは、夏休みに小学生の男の子が、途中で仲間になった１匹のでぶ猫とともに東京から田舎の祖父母の家まで行くという内容のお話。
　最初は男の子だけだった。両親から受け取ったお金の入ったおサイフを握り締め、はじめてのおつかいよろしく１人で切符を買って、１人で電車に乗るという、小さな子どもの大きな冒険。
　ところが緊張しすぎていきなり乗り換えに失敗してしまった。両親は、何かあったら駅員さんに聞くのよ、と教えてくれていたが、どこにもそれらしい人は見つからなくて。知らない駅のホームで途方に暮れていると、穴の空いた金網をくぐって１匹のでぶ猫が現われた。
　人なつっこいそのでぶ猫はどうやら野良猫で、この駅で電車待ちをする利用客から時折えさをもらっていたらしい。
　かくして１人と１匹、てんやわんやのはちゃめちゃ冒険譚が始まった。

　男の子は次から次へといろんな想定外の出来事に遭遇して、読んでいるこっちもハラハラしどおし。男の子と一緒にドキドキしたり、おかしな人やでぶ猫のしぐさにくすりと笑ったり。
　そして最後には、祖父母と両親が玄関から出て男の子を待っていて。最初の予定から何時間も遅れて到着した男の子を、でぶ猫と一緒に抱き締めるのだ。
　両親に抱き締められながら、男の子は言う。
「あー、たのしかった」

「ぼくがこの絵本のどこが好きかっていうと、どんなに困難に思えることが起きても絶対にあきらめない心を持っていれば乗り越えられるっていうのを描いてるとこだね。
　それと、冒険は、遠い国の見たこともない場所や未知の世界、本の中にだけ存在するんじゃなくて、日常の中にもいっぱいあるっていうとこかな。都会にだって冒険はあふれてて、いつだってぼくたちの見方一つ、視線一つで、そのことに気付けさえすればぼくは冒険の中にいるって思えるんだ。
　そう思うと、ワクワクするよね！」

　――いやほんと、ドキドキしてるよ、今まさに冒険の真っ最中だよ。

　自分を見る人の中に、見覚えがあるような顔がちらほら見えるぞと思いつつ、想花は視線をあさってのほうにそらしていた。
　

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