落とし穴の先で｜リアクション

落とし穴の先で

　ペルラ・サナーレは名湯を求めて星幽塔の第二階層に単身で赴く。そこで見えない落とし穴に嵌り、気付けば霊界に飛ばされていた。困った様子で木々を抜けると赤い池のような温泉へ辿り着く。
　決断は早かった。全裸となって湯に浸かると身体に異変が起こる。立ち上がって自身の姿を見た。
　後頭部から三対の大きな翼が生えていた。手首には黒い拘束具が付けられ、引き千切られたような鎖がブラブラと揺れている。特に不自由は感じず、軽々と両手を動かした。
「ここも」
　足首にも拘束具が付いていた。変化はそれだけでなく、鋭い鉤爪が大型の猛禽類を思わせた。
　自身を落ち着かせる為なのか。深呼吸を経て青い瞳に強い意思を宿す。
　ペルラは元からある羽耳を動かしてみた。同じ要領で三対の翼を試す。個々で異なった動作が可能であった。
「空を飛べるのでしょうか」
　三対の翼を大きく広げて同時に振り下ろす。
「はい？」
　起こる風で湯が弾け飛ぶ。当の本人は白い弾丸となって垂直に飛翔した。勢いが落ちて宙でバランスを崩す。頭が下を向いて、その高さに目を丸くした。
　木々に囲まれた赤い池は掌程度の大きさになっていた。
「降りるには、こうでしょうか」
　全力の羽ばたきを控えた。程よい風を顔に受けて下降する。力の加減で身体が右へ流れた。木々を回避しようと右の翼を動かす。不安定ながらも軌道を変えることができた。
「着地です」
　三対の翼を広げて減速。緩やかな速度の間に両足を振った。回転が加わって無事に着地を果たす。
　ペルラは空を見上げた。青い瞳は好奇心に満ちている。その姿で両手を広げた。
　手首に付いた拘束具が目に留まる。揺れる鎖を見て、ああ、と声を出した。
　――私の心の中に繋がれた何かが解放されたのかもしれません。空がとても心地よくて、全てを受け入れてくれるような気がします。
　その想いがペルラを大空へ押し上げた。
　三対の翼を見事に使いこなし、自由に飛んだ。回転を加えて更に上昇。一転して下降して緩やかな弧を描いて浮上する。
　見えない風の精霊と戯れるように気ままに舞い踊る。遠方で目にした者は天使と称した。別の者は堕天使と口にして足早に去っていく。
「素晴らしい温泉の効能です」
　満面の笑みで大きな円を描き、緩やかに降りていく。遠目に見ていた八咫烏が真似をして小さな円で答えた。
「ありがとう」
　口にして赤い池に舞い降りる。その寸前で三対の翼が消失。油断したペルラは横向きの形で落ちて飛沫を上げた。

　湯に頭まで沈んだ状態でペルラは勢いよく立ち上がる。ずぶ濡れになった顔を両手で拭った。
　ピンクの髪を両手で掻いて余計な水気を飛ばす。羽耳も駆使した。
「びっくりしました」
　笑って言うと、あら？　と言う声で周囲を見回す。
　大小の丸い玉が周囲をふわふわと浮いている。寒色系の色でどれも薄く、少しの風にも反応して流された。
「目指していた温泉です」
　静かにしゃがむと水色の湯面に小波が立った。霊界とは違って透明度が高く、ペルラが伸ばした両脚まではっきりと見える。その先にある足の指に目を留めた。
「効能がなくなったのですね」
　少し寂しそうな顔を笑顔に変えた。直後に派手に後ろに倒れて仰向けに浮かぶ。
　薄青くて高い空。憧れにも似た瞳で飽きることなく眺めた。

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