７月の前奏曲｜リアクション

７月の前奏曲

☆ある日の道場

　寝子高３年の吉住志桜里は、古武術道場の師範代を務めています。
　学校から帰って、分離した吉住獅百合と共にいつものように道場にやってきましたが。
　いつもなら気合の入った声を張り上げているのに、どうしたことでしょう。
「んー、どうにもやる気が出ない。急に暑くなったせいかな。シロはどう？」
　気合を入れようとしても全くダメで。
　その様子を見て、志桜里より一回り大きい体格でライトグレーの髪の獅百合は、軽い調子で言いました。
「クロ、だるだるモードなら、たまには道場おやすみでいいんでない？」
「そうだよね……こういう時は気の済むまで、やりたいようにやっちゃう！」

「道着も着ずにどうしたのですか？」
　いち早く馳せ参じた琴触昴に、
「師範もいないし今日はおやすみっ」
　と言い放ち。
「は？」
　あっけにとられる昴に目もくれず、そのまま志桜里はずるずると床に落ち。
「こんちはー！　……って、何してんの」
　やってきたマタ工生の宿敵雨梨栖　芹香に、志桜里は言いました。
「芹香ー、今日はお休みってグループに送っといてー」
「マジ？　まーこう暑いとねー」
　だるそうにスマホを取り出し、芹香はニャインを開きます。
「多分気付かずに来ちゃう子いるよねー」
　獅百合がつぶやいた時、
「昴も私の世話ね。道場はお休み。急な話ですし、来た子達がいれば夕涼み会でもしましょっか。準備は全部私以外で」
「夕涼み会？　……って菓子パ？　ならいっか」
　獅百合は先日のお菓子パーティを思い出したようで、芹香も目を輝かせました。
「やろう！　菓子パ！」

　長い髪を道場の床に広げて寝たまま、熱心な門下生にして下僕の昴に悪びれることもなく丸投げする志桜里の姿に。
　皆が菓子パに喜ぶ中、堅物で真面目な昴の眉が吊り上がりました。
（師範代が床に落ちてるって大分おかしい。百歩譲って具合が悪いならまだしも、顔色も問題ないし）
　意志が強い昴には考えられない態度でした。
　先輩であるだけでなく仮にも師範代、彼女がもう１歩も動きたくないと言ってしまえば、それまでなので致し方なく。
　さらに、こういう時下手に機嫌を損ねると後がとても怖いのはこれまでの経験上承知しているのですが。
（この態度、やっぱりこの師範代、すごく横暴だ……！　ええい、今日という今日は遠慮なくしゃべってやろう）
　だからといって、看過できるものではありませんでした。
「全く、師範代ともあろうお方がこんな猫のように転がっていては……」
　聞くなり、しっとり据わった豹のような眼光が、まっすぐ昴に飛んできました。
「はい、シロも動く動くー。昴はその口、高くつくわよ」
　昴は悟ります。
　次の稽古は間違いなく、ただでさえ正攻法に付き合ってくれない彼女がよりダーティな戦い方で私をおもちゃにする流れだろう、と。
「……」
（まぁ、それもそれで中々……良いのだがっ）
　心中ひそかに昴はつぶやくのでした。

「ふふ、実に快適です」
　寝転んだままのんびりする志桜里の耳に、バタバタと足音が響いてきました。
「……なんて言ってたらほら、ビビちゃん来てるじゃーん」
　そう言うと獅百合はニヤリと笑い、気配を殺してそっと道場を出ていきます。