７月の前奏曲｜リアクション

７月の前奏曲

☆映画制作

　鴻上彰尋は、夏休みのとある計画に向けての準備をしていました。
　事の起こりは、少し前に中学時代の友達から声をかけられたこと。
「高校の部活で映画を撮るから協力してほしい」
　という誘いに、彰尋は驚き、とても興味を惹かれました。
（学生だけで制作する映画ってどんな風になるんだろう）
　母と兄が働いているので、彰尋は家事と幼い弟妹達の面倒を引き受けています。
　家を優先し本格的な部活動は出来ないのですが、舞台役者をしていた祖父の影響で演劇に興味を持っていました。
　夏休みに入ったらその撮影が始まるから、と言われ、それならそんなに忙しくはないか、と誘いに乗りました。

　昼休みの中庭で、彰尋は脚本を見ながらその役や、話全体について頭に入れていきます。
　
　とある古い洋館、そこは幽霊が出るという不吉な噂がある場所なのだけれどもそこに一人の女子高生が迷い込む。
　出られなくなってしまいパニックになったところを見知らぬ青年に助けられて……

　そんな感じのストーリーで、彰尋の割り当てられた役はどうも一言もしゃべらないようなのです。
　かといって端役ではありません。
　監督の中にある幽霊の青年のイメージに近いからと言われて、ちょっと複雑な気分になりましたが。
（しゃべらない役割なんてやった事がないから、どんな演技にしたらいいかな、撮影が待ち遠しいな）
　台詞が多いのも大変ですが、しゃべらずに表現するというのもかなり演技力が要求されると思えました。
（自分なりに演技の練習も始めていきたいな）
　といろいろ考えながら、イメージを膨らませていると。

「あれ、彰尋くん？」
　そんな時、七夜あおいに声をかけられたのでした。
「あおいさん。偶然だね」
「何をしているの？」
　出会いに喜びながら、彰尋は答えます。
「実は、夏休みに映画を作ろうって友達に誘われていて」
　あおいは目を輝かせました。
「すごい！　どんな映画？」
「とある古い洋館に、幽霊が出るという噂があってね。そこに一人の女子高生が迷い込むんだ」
「ホラーなんだ？」
「まあそうだね。出られなくなってしまいパニックになったところを見知らぬ青年に助けられて、という話」
「恋愛要素もあるのかな、面白そう！　それで彰尋くんがその青年なの？」
「いや、俺は幽霊」
「えーっ！　幽霊の彰尋くんってどんな感じなんだろう？」
　あおいの驚きようがおかしくて、その表情につり込まれるように、彰尋の口から自然に言葉が出ました。
「もしよかったら出来た作品を一緒に見ない？」
　嬉しいことに、あおいはすごく興味を持ってくれたようでした。
「見たい！　楽しみだなあ、いつできるの？」
「多分撮影して編集作業もあるだろうから、秋ぐらいだと思うけど……」
「決まったら教えてね。撮影も見に行きたいくらいだけど、出来上がってからの楽しみがなくなっちゃうかな？」
「そうだね、部外者は撮影に混ざれないかもしれないけど……」
「だよね。あっ、もうこんな時間。そろそろ教室に戻らなきゃ」
　二人は一緒に教室へ向かいました。

（あおいさんのためにもいい演技をしたい）
　そんな気持ちがふつふつと湧いてきて。
　その後、彰尋はいっそう本読みに力を入れるのでした。

このページにイラストを設定する