７月の前奏曲｜リアクション

７月の前奏曲

☆納豆ウィークの学食

　寝子高の夏服を着て静かにたたずむ楡宮遠海は、見た目だけなら鎌倉の名家の令嬢然とした雰囲気を漂わせている清楚な美少女でした。
　しかし彼女のもう一つの顔は、規格外の方向音痴。
　そして規格外の食欲でした。
「おなかすいた……」
　今日も今日とて昼休みのチャイムが鳴ると、遠海はまっすぐに食堂へと向かいました。

「納豆ウィーク？　げっ、またかよ？」
　学食にやってきた遠海の耳に、知らない生徒のそんな声が入ってきました。
「納豆尽くしだよ！　俺納豆嫌いなのに」
　なるほど、食堂には納豆の匂いが漂っています。
　これまでにも学食ではいろんな催しが行われてきましたが、好き嫌いのない遠海は困ったことがありません。
　当然、これを食べない理由はない、とばかりに、さっそくいつも通り片っ端から注文します。
「納豆汁、納豆の天ぷら、甘納豆。それから納豆サラダに納豆そうめん……」
（うわあ、ほんとに納豆だらけ……）
　注文しつつさすがに驚いていますが、表情に出さないまま流暢に注文を続けていきます。
　その様子は、しかし入学から３か月経って学食ではもう名物となっているので、だれも驚くことはありません。
「はいよ、お待たせ」
　学食のおばちゃんの元気な声と共に、山のような納豆料理が乗った台車が押し出され、遠海は台車を押して席まで料理を運びます。

「いただきます」
　絵を閉じて手を合わせてから、おもむろに食べ始めました。
　幸い冷たいメニューが多いので、猫舌の遠海でも待たずに食べることができます。
　食い散らかすのではなく、幸せそうにしっかりと香りを楽しみ、よく噛んで食感を感じ、味わい、心底美味しそうに食べていく遠海。
　
　その姿は納豆嫌いの生徒の心さえ動かし、あんなに美味しそうなら食べてみようかな……と思わせるのでした。
　変に注目されなくても済むので、遠海はより集中して納豆メニューを完全攻略していきます。
　遠海はグルメではなく、いちいち料理を評価したり蘊蓄を語ったりはしません。
　だって言うまでもなくどれも美味しいのですから。
　話すことに口を使うのは時間の無駄です。
　鮮度に神経質になりはしませんが、どうせなら美味しいうちに食べたいではありませんか。

　ほどなくして。
「ごちそうさまでした」
　豆一粒も残さず、遠海は納豆メニューを平らげたのでした。

このページにイラストを設定する